ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、気血両虚の治療について、詳しくご紹介します。
「十全大補湯や人参養栄湯。使いやすいイメージあるけど、よく解らないから詳しい使い方知りたい。」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。一見使いやすい様に見えますが、私は逆に対象は狭いと考えています。「気血の虚を兼ねる証」というのが特徴です。
つまり、どちらかの虚だけでもちょっと合わないんですよね。今回の記事では、その辺りを詳しくご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
気血両虚の特徴
気血両虚の見抜き方
気血両補剤の罠
気血両虚に対する治療
無理そうなら裏寒・脾虚の治療に戻る
色々と注意点が多いのですが、気をつけて使うとよく効きます。気血両虚をマスターすると、補剤の引き出しのバリエーションが非常に増えます。
現代人にはかなり気血両虚証が多いので、是非是非、本記事を読んでマスターしてくださいね。
それでは、どうぞご覧ください。
スポンサーリンク
気血両虚の特徴
気血両虚という状態は、その名称の通り、気虚に血虚を兼ねるものです。これには二つ程読み方があります。
①気虚が甚だしく、血虚の状態まで行ってしまった虚状の激しい状態
②血虚があるが、同時に胃腸の虚から来る気虚もある状態
さて、どちらが正しいのでしょうか。読み間違えると治療を間違えます。
正解は②「血虚があるが、同時に胃腸の虚から来る気虚もある状態」ですね。①は非常に不味いです。理由をお話します。
気血両虚に対する処方群を気血両補剤と言います。これは、ご存じの通り地黄・当帰・芍薬等が含まれています。これらの生薬は、胃腸の虚が甚だしい場合は使用できないんですよね。
言い換えると、「胃腸に重たい生薬」となります。この時点で、①の場合は胃腸の虚状が激しいので使えない事になります。
「血虚があるけど、うーん、胃腸も少し弱ってて気虚もあるね。」という状態に使う方が、処方構成に合致します。
つまり、血虚の処方だけではちょっと胃腸の力が足りない場合に気血両補剤を使う、とした方が理に叶っている訳です。
ちなみに、①の場合はどうすれば良いのでしょうか。答えは、只々胃腸を補す処方を使います。四君子湯を長服させる、という方法がスタンダードですね。
これは、矢数道明先生の「臨床応用漢方処方解説」の四君子湯の項にも「虚弱者の出血・甚だしく貧血のもの」と書かれています。
ここまでで気血両虚のポイントを押さえましたので、次に、気血両虚証の見抜き方をご紹介します。
気血両虚の見抜き方
気血両虚の見抜き方は、最初に血虚ありきですね。血虚の所見は、肌の色艶が悪い、肌荒れ、抑鬱傾向、貧血等です。特に女性に多いとされていますが、男性も結構な割合で見えます。
ポイントは、四物湯の証があるかどうかですね。血虚というのは全身の栄養不良になります。下半身だけではなく、上半身含めた全身の血が足りない状態です。
それは精神的にも所見が現れ、心血の虚は精神的にも沈みがち、悪い方に考えがち、という陰気な振る舞いをする様になります。
逆に、心の瘀血が問題となる場合は牡丹皮で瀉さないといけません。
当帰は心を補う
牡丹皮は心を瀉す
と覚えておくと良いでしょう。あくまで傾向ですが、前者は陰気な振る舞い、後者は陽気な振る舞いになりがちですね。
また、血虚の証は胃腸が基本的に丈夫ですので、ガッシリとした体つきになります。気血両虚証はそれよりも若干細いので、その様に比較して証決定をしていきます。
血虚という状態は、胃腸に問題が無く身体ががっしりとしてきて、必要な栄養素(血)が多くなって供給が足りない場合に起こる「相対的な虚の状態」とすると良いですね。
ですので、気血両虚という状態は、血虚にしては体つきが細い、又は中肉中背位のイメージを持つと良いでしょう。
気血両補剤の罠
気血両補剤は、本当に欲張りな処方で、血虚と気虚の両方を治療しようとします。ですので、病態として気血の両方の虚が必要となります。
血虚のみ、又は気虚のみだと合わないどころか、反って害悪になる事もあります。
それぞれ、ご紹介していきます。
血虚のみの状態に気血両補剤を服用した場合
血虚のみの場合に気血両補剤を服用すると、補気部分が余分になります。
胃腸の状態は問題ないのに、さらに胃腸を補す事になります。大抵の場合は何も起こらない事が多いのですが、時と場合によっては逆上せや精神異常が起こる事があります。
精神異常はケタケタ笑い出すとか、躁状態ですね。これは過剰に心に気が供給されるのが原因です。
大抵は逆上せて赤ら顔になったり、ボーッとしてきたりしますので、精神異常はよっぽどの事が無い限りは大丈夫です。只、こういう可能性がある事は知っておいた方が良いでしょう。
補い過ぎはまだ良いのですが、次の気虚のみの場合に気血両補剤の服用は注意が必要です。
気虚のみの状態に気血両補剤を服用した場合
気虚のみの状態は、大体が胃腸の虚が甚だしく痩せて食欲がありません。
何となくご想像されてると思いますが、その場合に気血両補剤を飲むと、地黄・当帰・芍薬の胃に重い生薬が下痢や胃腸障害を起こします。
過去に私が何度か補気剤を投与して良くした患者さんは、大体が気虚で気血両補剤を投与されていました。血虚の生薬に耐えられなかったんですね。
また、胃腸の虚状だけでなく身体の中心部の冷えである裏寒(りかん)も起こす事があります。これは、特に桂皮が含まれた処方で起こしやすいです。
この様に気血両補剤は欲張り処方であるが為に、逆に使いにくい側面もある事を知っておく必要があります。
使える条件を狭めておく事で、逆に安全に使いやすくなります。
気血両虚に対する治療
気血両虚の治療は、気血両補剤を使います。
十全大補湯を中心としてバリエーションを多々ありますので、そのバリエーションを覚えておく事でそれぞれ比較と使い分けが出来るようになります。
代表的な気血両補剤には、以下の様なものがあります。
十全大補湯
人参養栄湯
炙甘草湯
補中益気湯
大防風湯
清暑益気湯
八珍湯
帰耆建中湯
順番にご紹介していきますね。
十全大補湯
気血両補剤の中で一番有名です。この処方を中心に気血両補剤を考えていくと、それぞれの比較がしやすいです。
十全大補湯は、元気な人が「ちょっと疲れたかな?」という位のレベルの処方。食欲があり、身体は中肉中背、著名な身体内部の冷えが無く、脾虚の程度の軽い方が使用目標です。
処方中に桂皮が入りますので、顔は逆上せて頬を中心に赤いですね。また、血虚があるので肌の色艶は悪いです。時に湿疹等がある場合もあります。
精神状態は特に悪い所は無く、「ちょっと動き過ぎたかな。疲れた―。」と思う位ですね。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:48番】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)の効果や副作用の解りやすい説明
人参養栄湯
人参養栄湯は、十全大補湯から川芎を去り、代わりに遠志と陳皮を加えた処方となります。
これらの処理を加えた理由は、その処方意図にあります。人参養栄湯証は、十全大補湯証に加えて心気虚が伴います。
川芎は血を走り散らす働きがあり、そちらに気が使われてしまいます。川芎を抜く事で、その使われていた分の気を心に配る事が出来ます。
また、陳皮は胃を動かして全身への気の供給をブーストさせ、遠志は腎気を上焦まで到達させて心気を補います。
これらの調整を行う事で、「心気虚」という気疲れにも対応させる様にした処方が人参養栄湯になります。
現代人はパソコンや接客など細かい気を使う作業が多いため、十全大補湯より人参養栄湯の方が合いやすい環境です。是非、一度使ってみて下さい。
十全大補湯証+心気虚を目標に使用すると間違いないでしょう。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:108番】人参養栄湯(にんじんようえいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
炙甘草湯
炙甘草湯は、気血両虚と心熱&肺陰虚を兼ねる場合に使用する処方です。処方中に麦門冬を含み、上焦の熱を取って心機能を正常に戻す作用があります。
この作用から、炙甘草湯の別名は復脈湯(ふくみゃくとう)と呼ばれています。
炙甘草湯の所見は、食欲があり、疲れがあり、顔全体が赤くなって脈に異常(早い、飛ぶ)等があるものになります。
肺陰虚ですので、唇や皮膚粘膜が乾燥しているのも特徴の一つです。また、時に口渇や咳などの症状が出る事もあります。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:64番】炙甘草湯(しゃかんぞうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
補中益気湯
補中益気湯は気虚の処方として有名ですが、処方中に当帰を含む為、正確には気血両補剤となります。また、柴胡を含みますので柴胡剤の一種になります。
柴胡剤が合う方は、目つきが鋭くイライラしているのが特徴です。補中益気湯証の場合は柴胡の量がそれほど多くない事もあり、軽く当てる程度にイライラが存在しています。
気血両補剤と言っても地黄を含まない為、気虚のフォローがメインとなります。最終的に肺で気を溢れさせ、心火を鎮めるのが目的ですね。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
bear-2382779_960_720
大防風湯
大防風湯は、足腰の関節痛の薬として有名です。ですが、その処方構成を見てますと、気血両補剤と補腎を兼ねた様な処方になっている事が解ります。
また、関節痛の処方とは言っても、元々足腰が痩せ衰えて痛みが出ている場合に使われてきていますので、気血両補剤として応用しても問題はありません。
「腎虚血虚はあるけれど、もう一歩胃腸の調子がなあ・・・。」という場合によく効きますので、覚えて置いて損は無い処方となります。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:97番】大防風湯(だいぼうふうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
清暑益気湯
清暑益気湯は、夏バテで胃腸が弱っている時の処方として有名です。処方の中には麦門冬が入っており、肺を潤し上焦の熱を取るのに適しています。
補中益気湯と同じく気虚の処方と思われがちですが、これも当帰が入っている為軽く血虚も補う効を有しています。ですので、同様に補気作用に寄った気血両補剤となります。
地黄を含まない為、清暑益気湯証は胃腸が炙甘草湯証より弱く、細身~中肉中背で食欲があり、顔が赤く口渇や唇の乾燥、時に咳や呼吸器症状を伴うものが目標となります。
処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:136番】清暑益気湯(せいしょえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
八珍湯
八珍湯という処方は、恐らく聞いた事の無い方が大半だと思います。この処方は、十全大補湯の桂枝と黄耆が無いバージョンになります。
要は、四物湯と四君子湯を単純に足した処方という訳です。
桂枝と黄耆が入った十全大補湯は、身体の逆上せがあり気の巡りが落ちている状態ですが、八珍湯証の場合はその気の運行不全は起こっておりません。
気血両虚ですが、顔の逆上せの無いものが目標ですね。
医療用エキス剤にはありませんが、四君子湯と四物湯を同時に服用させる事で作成が可能です。気血両補剤の基礎中の基礎の処方と言えます。
それぞれの処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:71番】四物湯(しもつとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:75番】四君子湯(しくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
帰耆建中湯
帰耆建中湯も八珍湯と同じくエキス剤にはありませんが、組み合わせで作れる処方となります。十全大補湯より疲れの度合いが酷く、胃腸も疲れてほっそりとした方向けの処方です。
建中湯の一種ですので、手掌発汗や手掌の火照りがあり、腹直筋緊張があり、食欲のあるもので、肌の色艶が悪く、顔が赤く逆上せている方が目安になります。
帰耆建中湯の作成には、黄耆建中湯と当帰建中湯を同服すれば作成できます。
それぞれの処方の詳しい説明は、以下の記事にてご紹介しています。どうぞご覧ください。また、建中湯の解説記事も参考に置いておきます。併せてご参考下さい。
【漢方:98番】黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:123番】当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
無理そうなら裏寒・脾虚の治療に戻る
気血両補剤は、身体内部の冷えである裏寒、胃腸の虚状が激しい脾虚がある程度治った段階で使用する処方群になります。
臨床所見では「気血両虚っぽい」と思っても、勘で「何かおかしい」と思ったり、一部当てはまらない為使用を躊躇する場合、一歩引いた治療も検討しましょう。
一歩引いた「裏寒、脾虚に対する治療」については、以下の記事で詳しく解説しています。
どうぞご覧ください。
漢方入門。臨床第一歩目は身体内部の冷え(裏寒)の解消方法を学ぼう!
脾虚の見分け方と漢方治療について
さいごに
今回は、気血両虚の治療についてご紹介しました。気血両補が出来ますと、治療の幅がぐんと広がります。じっくりと取り組んで頂き、是非是非、モノにしてくださいね。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
少し宣伝です。手前味噌ですが、私のnoteが皆様の証決定のお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
お手に取って頂ければ幸いです。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご活用下さい。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の証決定に関する記事は下記のまとめ記事からリンクしています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方臨床記事まとめ
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
目次
続きを見る
それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。