ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、漢方の「漢方を使う上で絶対外せない項目」の一つである「身体内部の冷えの対処法」について、詳しくご紹介します。
記事タイトルにある通り、漢方臨床の基礎の基礎です。これを知らないで漢方を使うと非常に危険なので、真っ先に覚える必要があります。
「葛根湯から入っちゃダメなの?」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。ですが、葛根湯って、結構危ない薬なんですよね。
ツムラさんの葛根湯添付文書を見ると、結構な副作用が書いてあります。
更に、この質問。
「葛根湯で顔が青黒くなり、体調悪くなってぐったりしたらどうしますか?」
大体は、服用中止して休む、若しくは病院へ、という回答になると思います。
実はこの質問の病態は、身体内部が冷えた場合に現れる事が多いです。ですので、足湯をして身体内部を温めるとケロッと良くなります。
実際の臨床現場でのこの状態の見抜き方、対処法や処方をまとめてご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
身体内部の冷え「裏寒(りかん)」という状態について
裏寒の治療は最優先!
裏寒の所見
裏寒に対する治療法
隠れた裏寒について
証決定では裏寒の程度の把握から
臨床寄りの漢方資料
漢方を始めた方は、手に入りやすく有名な葛根湯から入る事が多いです。なので、人によっては私のこの記事の内容は奇異に映るかもしれません。
ですが、ロジカルに漢方の治療をしようと思うと、まずは身体内部の冷えに対する対処法を身につける他ありません。
そしてこれは、私自身が学んできた順番であり、漢方を安全に、より効果的に使う為に学んできた順番でもあります。その第一歩目が本記事の内容になります。
私が学んできた「身体内部の冷えの重要性と対処法」をお伝えできればと思っています。
どうぞ最後までご覧ください。
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身体内部の冷え「裏寒(りかん)」という状態について
裏の寒と書いて「りかん」と読みます。身体内部の冷えを指す言葉です。
対した事無いように見えますが、実は非常に危険な「命に関わる状態」になります。
しかも、最近は一見元気でも裏寒状態になっている事が非常に多いので、漢方選定の場合は真っ先に裏寒を確認します。
この裏寒という状態は、別の漢方用語で表現すると「少陰病」となります。
少陰病は、邪気に身体のかなり深い所まで押し込まれてる危険な状態を指す状態ですので、この表現で裏寒の危険度合いがお解り頂けたのではないでしょうか。
もっと簡単に言いますと、身体の基礎代謝自体が低下した状態になります。この時、裏寒治療以外の漢方治療は反って害悪になります。
この理由については、次の見出しでお話します。
裏寒の治療は最優先!
よく「先表後裏(せんぴょうごり)」と言って、「先に表を治療すべし」という格言が漢方にはありますが、残念ながら裏寒はその格言の例外に当たります。
裏の寒は真っ先に治療が必要です。この度合いによっては、先に裏寒の治療を終わらせてから他の治療をします。
と言うのも、基礎代謝の低下している状態で他の治療が行えないからになります。
身体から邪気を取り除くのも、血肉になるものを栄養で補うのも、胃腸を動かすのも、身体内部にある程度のエネルギーがあってこそです。
そのエネルギーが枯渇した状態が裏寒です。枯渇状態で無理やり他の治療をするとどうなるか?
何も起こらないならまだラッキーで、場合によっては身体内部の冷えが悪化して逆に体調をより悪化させてしまう事もあります。
その状態が起こらない様にする為、又は他の処方でそれが起こってもすぐに対処出来る様、裏寒の状態については神経を尖らせておく必要があります。
裏寒の所見
裏寒を見抜くと言っても、この見抜き方は漢方の本には中々書かれていません。私も漢方の師匠先生に教えて頂くまでは知りませんでした。
早速解説していきます。
繰り返しますが、裏寒というのは「身体内部の冷え」です。ですので、身体内部を反映している部分が実際に冷えてきたり色が悪くなってきます。
また、身体が重だるくなり動きたくなくなってきます。
具体的には、以下の所見です。
手首の骨が出ている部分が冷えている
足首のくるぶし周辺が冷えている
身体の中心線に沿って青黒(青白)い
顔の中心部分が青黒(青白)い
胸の中心部「壇中(だんちゅう)」の冷え
丹田(たんでん:へその下)部分の冷え
ずっと横になっていたい
身体がだるく、動かせない
手足の冷えを自覚
眩暈がして置き上がれない
これらが複数確認出来た場合、裏寒を強く疑います。ちなみに、裏寒の確定診断は「壇中の冷え」と先生に教えて頂いています。
中々触れる部分ではありませんが、患者様自身に触って頂いたりして確認したい所ですね。ちなみに、「丹田部分の冷え」は表寒でも見られますのでそれのみで確定させない方が良いです。
ですが、そこまで行かずともその他の所見で「ほぼ確定」という所まで持っていけますので、ご安心下さい。
一番簡単なのは、顔色の悪さと手首の冷え、だるいという自覚症状です。この3つがあれば、裏寒を真っ先に疑います。
漢方を選ぶ際には、これらの所見を使って真っ先に裏寒を確認しましょう。ちなみに、これが出来るようになると、大まかな寒熱の判断ミスが無くなります。
裏寒に対する治療法
裏寒の治療方法を「温裏(おんり)」と言います。文字通り、裏を温めるという事です。
温裏には、大きく分けて3つ、
手当て
漢方処方
お灸
があります。それぞれ詳しくご紹介しますね。一長一短がありますので、状況によって使い分けると良いでしょう。
手当て
お金がかからないので、一番患者さんにお勧めしやすい方法です。具体的には足湯やレッグウォーマーですね。足首に湯たんぽを置いても良いでしょう。
温裏の基本はとにかく中心のみを温めるという事。全身を温めると、発汗して熱が外部に逃げますのでお勧め出来ません。
基本的に熱は下から上へと対流しますので、足首のみを温める方法が一番効率良いですね。
出来れば1日数回の足湯、足湯していない時間帯はレッグウォーマーで足首を冷えから保護しましょう。
漢方処方
お金は少しかかりますが、持続的かつ手軽に裏寒治療が出来る方法です。
本当は四逆湯(しぎゃくとう)の系統が使いたいんですが、それはエキス剤にはありませんので割愛します。
エキス剤で使える処方は、
真武湯
附子理中湯
理中湯
の3つです。全て附子が入っていて桂枝が入っていないというのが特徴になります。それぞれ、ご紹介しますね。
真武湯
真武湯は、昔は医療用のみの製剤であり、一般用医薬品にはありませんでした。ですが、近年一般用医薬品でも製品が出てきており、手軽に利用出来るようになってきました。
ポイントは5つ、
①食欲があるものに使用する
②少陰(しょういん)の葛根湯と呼ばれ、風邪等でも使いやすい
③眩暈がある場合にも選択肢に入る
④甘草を含まない為、色々な処方と組み合わせて使用出来る
⑤身体を冷やしている原因の水毒を除く
となります。真武湯については、
【漢方:30番】真武湯(しんぶとう)の効果や副作用の解りやすい説明
に詳しく述べていますので、そちらをご参照下さい。
附子理中湯
附子理中湯は医療用エキス剤のみになります。ポイントは以下の4つ、
①食欲が無いものに使用する
②芍薬を含まず乾姜を含む為、真武湯より裏を温める力が強い
③余分な水毒を除く力は少ない
④甘草を含む為、他の処方と組み合わせる際に注意が必要
となります。新陳代謝が非常に低下した状態の時、使用したい処方ですね。勿論、風邪等にも使用出来ます。
附子理中湯については、
【漢方:410番】附子理中湯(ぶしりちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
に詳しく述べていますので、そちらをご参照下さい。
人参湯
附子理中湯の理中湯というのは人参湯の別名になります。
附子理中湯が一般用医薬品には無く、ドラッグストア等では手に入りません。ですので、その場合は人参湯を使います。
基本的な所見は附子理中湯と同じですが、附子を含まず温める力が弱いので、足湯等と併用します。
人参湯については、
【漢方:32番】人参湯(にんじんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
に詳しく述べていますので、そちらをご参照下さい。
お灸
温裏には、お灸も使用できます。足の内くるぶしとアキレス腱の間に「大谿(たいけい)」というツボがあります。
ここを、温灸で温める事で、裏寒の治療となります。
お灸は煙が出るので嫌、という方もお見えですが、「せんねん灸太陽」という製品は火を使わず煙も出ませんので、手軽に使用出来ます。私もよく使っています。
仕事中や移動中は難しいと思いますが、自分の家に居る時等には良い手ですね。お灸全体で言える事ですが、ご使用の際には火傷に十分ご注意下さい。
隠れた裏寒について
昔に比べて、現代は冷蔵庫やエアコンの発達により身体を冷やしやすく、また、車や電車の発達により身体を動かさない生活になりました。
更に、仕事や勉学の持続的なストレスを身体が受けています。
それに伴い、新陳代謝の持続的な低下が起こり、身体が冷えやすくなっています。
漢方が生まれた古代中国は勿論、日本で漢方医学が発達した江戸時代でもこの様な状態はありませんでした。
その結果、「一見元気だけど、実は身体内部が冷えている」という「隠れた裏寒」という病態が現れる様になりました。
この「隠れた裏寒」の場合、患者さんは勿論身体内部が冷えている事は自覚せず、普通の生活をしています。
ですが、よく見ると上の見出しで挙げた裏寒の所見がしっかりと出ています。特に、「何となくだるい」「眠りが浅い」等の不定愁訴を訴える場合に注意する必要があります。
近年、「漢方薬が効かない、鍼灸が効きづらい」という声も言われる様になっています。色々な要因がありますが、恐らくは原因の一つとして持続的な「隠れた裏寒」も考えられます。
この「隠れた裏寒」を見逃さない様に注意深く証決定をしていく事が大切です。
証決定では裏寒の程度の把握から
上でお話しました通り、証決定をして漢方処方を選ぶ時、真っ先に行うのは裏寒の程度の把握からです。
そして、場合によっては裏寒の治療を優先的に行います。これをする事で、次の様なメリットがあります。
①寒熱の間違いが少なくなる
②瀉剤を使う際の安全性が高まる
③漢方治療の効果が上がる
特に①②は安全性、③は効果ですね。身体の虚状を無くしておいてから瀉剤を使うと、証が合うと非常にシャープに効果が出ます。
また、毎回裏寒から証決定に入る事で、知らず知らずのうちに武道で言う「型」が出来やすくなります。
能の世界で「守破離」という言葉があります。漢方の証決定でも、最初は型を守って行う事が上達の近道です。
まず、裏寒の治療を極めてみましょう。後々、臨床で助かる場面が幾度となく現れますよ。
臨床寄りの漢方資料
実践向きの良い本を私も探しているのですが、特に初心者向けとなると中々ありません。中には「初心者向け」を謳っている本もあるのですが、私はちょっとお勧めできません。
現代語で総合的かつ実践向きのとなると、高いですけど「漢方診療三十年」「臨床応用 漢方処方解説」位でしょうか。この2冊は、臨床をする上で道しるべになってくれる本です。
後は、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご活用頂くという手もあります。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は、下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
さいごに
今回は、裏寒の治療についてご紹介しました。臨床の第一歩目になりますので、必ず押さえておくべき病態です。裏寒治療についての知識があるだけで、漢方運用上の安全性が飛躍的に高まります。是非是非、挑戦してみて下さい。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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