ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、心気虚・心血虚の治療について、詳しくご紹介します。
「心気虚と心血虚ですか?精神不安とか不眠とかでしょうか?」
と疑問に思われる方、お見えだと思います。詳しくは後ほどお話しますが、心気虚・心血虚はその名の通り五蔵の心の部位における虚状になります。
漢方医学の心はその機能分類が未だにしっかりと分類されておらず、あやふやな所が残ります。
その辺りも可能な限り整理してお話していきますので、お読み頂けると嬉しいです。
また、心気虚・心血虚とは違いますが、心が不安定になる証やヒステリーの様な特異的な証もあります、本記事にてそれらも詳しくご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
心気虚・心血虚の病態について
心気虚・心血虚の深い原因
心気虚・心血虚の誤治に注意
心気虚・心血虚の治療
心気虚・心血虚は精神異常が絡む非常に変わったカテゴリーです。しかし、漢方での精神治療の要点になりますので、押さえておくべき分野になります。
本記事で、その要点を読み取って頂ければ幸いです。それではどうぞ、ご覧ください。
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心気虚・心血虚の病態について
まず、心についてご紹介します。これは基本的な事で、成書にも載っている事ですので簡単に。
心は君主の官と言い、五臓の中では王様になります。王様は基本的に動かないのが鉄則で、その代わりを従者がします。その役割を担っているのが心包と言います。
心包は心の命を受けて働きますが、現代医学的には心包という臓器について定説がある訳ではありません。漢方医学の立場でも、その部位は色々と諸説分かれています。
ですが、その機能は心=心包として扱っても大凡問題は無いという事で、心包=心として臨床上では扱っています。
本記事においてもその慣習を踏襲し、心=心包として扱います。
それでは定義が終わりましたので、これから心気虚・心血虚についてそれぞれご紹介していきます。
心気虚の病態について
心気虚というのは、言葉通りに心のエネルギー自体が足りていない状態です。とは言っても、基本的に心はポンプでありエンジンですので動き続けています。
その気が不足してくると、物理的には心の動きが弱まります。命の危険がある場合はこういう状態になります。
この状態の時は、どちらかというと「心の冷え」となっていますので、裏寒証として温裏剤を使います。心の気自体の枯渇は温度も下げてしまう事になります。
また、心気というのは西洋医学でいう精神状態を指す事が多いです。漢方臨床上で「心気虚」というと、大体メンタルの虚弱を指します。
しかし、ここで言う「メンタルが弱い」は、「逃げ腰」「パニック」ではなく「健忘」や「不眠」、よく「ボーッとする」、「考える事が出来ない」、等の症状になります。
普段から気を使いすぎている方は、この心気虚になりやすい状態になっています。
心血虚の病態について
心血虚は、言葉の通り心の血が足りない状態です。血が足りないとはどういう事でしょうか。
「血気盛ん」という事があります。これは、血が充実しているとエネルギッシュになるという事を言った言葉です。
また、血というのは、当帰の作用から解る通り全身に栄養を運びます。ですので、血虚というのは栄養不足の事で、心血虚というのはそのまま「心の栄養不足」となります。
栄養不足になるとどうなるか?動きが悪くなりますよね。
合わせますと、「心血虚というのは、心の血が不足して血気や栄養が不足して、動きが悪くなるもの。」となります。
その所見は抑鬱傾向、悪い方向へ物事を考えやすくなる、です。
実際は心気虚+心血虚の事が多い
心気虚と心血虚を分けてご紹介してみました。結局、心気虚も心血虚も、出てくる症状は大抵メンタルなものになりますので、その辺りの切り分けが非常に難しいのが現実です。
また、心気虚+心血虚のうちどちらかだけというのは少数で、大抵どちらも兼ねている事が多いです。
ですので、臨床上では心気虚+心血虚の所見ををあまり分けずに考えた方が簡単です。何度も症例をこなしていくと、心気虚と心血虚の違いが肌で解ってきます。
心気虚・心血虚の深い原因
前の見出しの最後に「臨床上では心気虚+心血虚の所見ををあまり分けずに考えた方が簡単」と書いたのには理由があります。
心気虚・心血虚の原因を探っていくと、実は脾虚に行きつきます。この「脾虚」というのがその理由になります。
まずは、以下の3つの記事をお読みください。
脾虚の見分け方と漢方治療について
気血両虚の治療について
血虚の治療について
この3つの記事から解るのは、補う順番は、
①気
②血
の順であるという事です。まずは気を補い、次に気血を両方補い、最後に血のみを補うという順番です。
心気虚・心血虚についても結局は脾虚が原因になる事が殆どですので、治療はこの順番の通りで行う必要があります。
また、心気虚が起こっている場合は確実に心血虚も起こっているという事がポイントです。これは、四君子湯が血虚も治す事からも解ります。
気が足りない状態なら、勿論それより動きにくい血も足りないという訳です。
ですので、胃腸が問題ない状態で血虚の治療をする場合を除いて、全て心の気血両方の虚があるという事になります。
理論上は「心気虚のみ」という状態は存在しますが、臨床上は殆ど存在し得ない訳です。つまり、臨床上で存在するのは基本的に心気虚+心血虚か心血虚のどちらかになります。
ですので、「臨床上では心気虚+心血虚の所見ををあまり分けずに考えた方が簡単」であり、「何度も症例をこなしていくと、心気虚と心血虚の違いが肌で解って」きます。
これが心気虚・心血虚の原因を深堀りすると見えてくる景色になります。
心気虚・心血虚の誤治に注意
心気虚・心血虚の証は目に見えないメンタルな所見が多い為、よく誤治となります。漢方に慣れ親しんだ治療家も、時としてミスを起こす位多いです。
よくあるのが、甘麦大棗湯と帰脾湯や人参養栄湯、清心蓮子飲等、柴胡加竜骨牡蛎湯と帰脾湯等です。
仕方ないとは思いますが、これらの誤治をしている場合、メンタル以外の所見を見ていない事が多いです。
この様な誤治を無くす為には、その処方の適応証をしっかりと身につける、患部や訴えだけを見ずに身体全体を見る事が重要です。
また、心気虚・心血虚は「虚」なので、肝鬱等のイライラや胃実等の我が強い所見ではなく、落ち込みや何も考えられない、忘れっぽい等の虚状が主な所見になります。
このポイントを忘れない様にしないといけません。
心気虚・心血虚の治療
心気虚・心血虚の治療は、肺陰虚の治療と同じで身体の他の所見に付随して行うものになります。
ですので、その治療は横断的なものになります。只、その特性上、腎虚ではなく血虚の治療が一番身体が良い状態と言えます。
それでは、代表的な心気虚・心血虚の治療処方をそれぞれご紹介します。また、鑑別を含めて関連処方もご紹介します。
心気虚・心血虚の治療処方
四君子湯
帰脾湯
人参養栄湯
加味帰脾湯
四物湯
四君子湯
上の見出しでご紹介した通り、心気虚・心血虚の治療の奥には脾虚が隠れています。
帰脾湯や人参養栄湯には四君子湯の派生処方の一種ですが、当帰や地黄が障る場合は先ず四君子湯で脾虚・気虚をある程度回復させる事が重要です。
ある程度身体を整えておいてから、帰脾湯や人参養栄湯を使用すると良いでしょう。尚、冷えが強い場合は附子理中湯や人参湯を使用するという手もあります。
四君子湯の詳しい説明は、
【漢方:75番】四君子湯(しくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
附子理中湯、人参湯の詳しい説明は、それぞれ
【漢方:410番】附子理中湯(ぶしりちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:32番】人参湯(にんじんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
帰脾湯
心気虚・心血虚の治療処方の中では一番虚の処方となります。これ以上虚の場合は、まずは人参湯や四君子湯等で身体を建て直してからとなります。
裏寒や脾虚が改善するだけでも、精神状態はかなり持ち直しますので、この手は非常に有用です。
帰脾湯の話に戻します。帰脾湯の使用目標として言われるのは健忘や不眠です。しかし、これだけだと他処方との鑑別が出来ませんので少し補足します。
帰脾湯には桂皮が含まれていませんので、顔の逆上せはありません。心気心血の不足はその精神状態を希薄化させます。要は動かなくなるんですよね。
つまり、何も考えられない為に凄く大人しく静かになります。
所見で言いますと「色白、細身、静か、不眠、健忘、胃腸が弱め」という所見があれば帰脾湯証を疑います。
帰脾湯の詳しい説明は、
【漢方:65番】帰脾湯(きひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
人参養栄湯
人参養栄湯は、気血両補剤の代表である十全大補湯の派生処方で、気血両虚で疲れた状態で気疲れしている場合に使用します。
帰脾湯と違い、桂皮が入っておりますので顔が逆上せて頬が桜色で、地黄当帰芍薬にも耐える事が出来る食欲がある事です。
帰脾湯と人参養栄湯を比べた場合、人参養栄湯の方が実になります。
人参養栄湯の詳しい説明は、
【漢方:108番】人参養栄湯(にんじんようえいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
加味帰脾湯
加味帰脾湯は、帰脾湯に柴胡と山梔子が加わった処方となります。肝熱と上焦の熱をさばく効能があります。
帰脾湯よりもイライラとして、目つきが鋭くほっそりとした体つきで、意見をコロコロと変えるのが特徴です。
要は、イライラして言葉はよく出るのですが、考えが浅い為言っている事が行き当たりばったりになります。
一見、抑肝散や加味逍遥散の証に見えます。
加味帰脾湯の詳しい説明は、
【漢方:137番】加味帰脾湯(かみきひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
四物湯
ここでは四物湯としていますが、広範囲の四物湯加減方に当てはまります。
心血虚の治療生薬のメインは当帰です。確かに竜眼肉もそうなのですが、竜眼肉は心に血を「行きやすくする」生薬で、上焦への血の供給の大本は当帰です。
つまり、当帰が入っている処方が適応となる場合、精神状態はネガティブ優先になります。
これは漢方のベースの考え方の一つで、様々な生活の場面で愚痴っぽい内容が口について出やすい方は当帰配合の処方を検討します。
逆に、いつもニコニコして身体がっしりして、という場合は心熱が溜まっていると捉える事が多く、血管の詰まりを取り心を瀉す牡丹皮を検討します。
四物湯の詳しい説明は、
【漢方:71番】四物湯(しもつとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
関連処方
甘麦大棗湯
清心蓮子飲
柴胡加竜骨牡蛎湯
桂枝加竜骨牡蛎湯
半夏瀉心湯
甘麦大棗湯
甘麦大棗湯は一般的には心気虚の処方と言われています。不安感が強い、不眠等の症状が出るのでそう解釈されているのだと思います。
しかし、この処方は作用が激烈になる事が多く、単純に心気虚というだけでは作用の全貌を理解する事が出来ません。
結論を申し上げますと、甘麦大棗湯は邪気を祓う「肺気実に対する瀉剤」となります。
ストレス邪気に負けて不安感が強い場合、呼吸が浅くなります。これは、肺に気が詰まって抜けない肺気実の状態と言えます。
小麦で肝気を高めて甘草・大棗で全体的に気を持ち上げると同時に、甘草と大棗の緩和・分散作用で肺の陰陽を調整して呼吸を正常化して邪気を除きます。
肺気実で心が抑え込まれますので、そこからパニックぎみの所見が出て来るという訳です。
ちなみに、臨床上では一見帰脾湯や人参養栄湯、抑肝散等と見分けがつきにくい為、誤治処方をよく見かけます。
それぞれの処方の比較と使い分けをしっかりと覚えておく必要があります。
甘麦大棗湯の詳しい説明は、
【漢方:72番】甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
清心蓮子飲
清心蓮子飲は心の熱を除いて、腎との繋がりを復活させる処方となります。
頭が熱でボーッとして、咳や呼吸症状があり、不眠ぎみで、陰部を中心とした湿疹や泌尿器症状がある場合に使われます。
この処方は人参養栄湯とは心の状態が逆になりますが、見かけの症状が似ている為に誤治を起こしやすいです。
人参養栄湯には泌尿器症状や咳と言った症状が少なく、目に力がありませんので、その辺りで鑑別します。
清心蓮子飲の詳しい説明は、
【漢方:111番】清心蓮子飲(せいしんれんしいん)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
柴胡加竜骨牡蛎湯
柴胡加竜骨牡蛎湯はその名の通り、柴胡が入っている処方となります。柴胡の証は、基本的にイライラと怒りを伴います。
また、竜骨牡蛎は腎精が漏れて心腎の繋がりが不安定になって、精神不安や不眠が起こっている時に使用します。
心気が足りない、心熱がある、という訳ではなく、単に不安定になっているだけですね。注意散漫、判断ミスが多い、ボーッとする、寝付けない、等の症状が出てきます。
柴胡加竜骨牡蛎湯証の場合、イライラがあって上記精神症状があり、時に腎精が漏れている為に起こる陰部湿疹や脱毛等が出る事もあります。
柴胡加竜骨牡蛎湯の詳しい説明は、
【漢方:12番】柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
桂枝加竜骨牡蛎湯
桂枝加竜骨牡蛎湯は、桂枝湯に竜骨と牡蛎を足した処方となります。
桂枝湯は風邪の漢方というイメージですが、小建中湯の元の処方でもあり、どちらかと言うと子供の様な素直な印象の方によく合います。
桂枝加竜骨牡蛎湯も同様に、顔が逆上せた素直な印象の方に合う処方となります。
上でご紹介した柴胡加竜骨牡蛎湯と同じ様に、心気が不安定な症状(注意散漫、判断ミスが多い、ボーッとする、寝付けない等)と腎精の漏れ出た陰部湿疹や脱毛の所見が現れます。
腎精が不安定になりやすい青春時代になりやすい印象ですね。
桂枝加竜骨牡蛎湯の詳しい説明は、
【漢方:26番】桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
半夏瀉心湯
半夏瀉心湯はよく下痢の処方として出ますが、心熱がある為に不眠や胸苦しさ等の精神症状も出てきます。
この処方の場合、胃が詰まってそこから先のお腹は下痢をし、逆にその手前では熱症状が出るのがポイントです。
また、唇の乾燥や咳等の呼吸器症状が無いのが特徴です。顔が赤黒く逆上せるのも特徴としてあり、時に口内炎等が出来ます。
半夏瀉心湯の詳しい説明は、
【漢方:14番】半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
さいごに
今回は、心気虚・心血虚の治療についてご紹介しました。
心気虚・心血虚の治療は目に見えないメンタルの治療を多く含む為、非常に理解と整理が大変です。
しかし、それが出来ると漢方治療のバリエーションが広がりますのでマスターする事をお勧めします。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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また、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご参考頂けたら幸いです。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。