ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、脾虚の見分け方と漢方治療について、詳しくご紹介します。
「脾虚について詳しく知りたい。」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。漢方医学の脾虚(胃腸の虚)の概念は、意外と広いんですよね。
色々な処方にもそれが現れていて、「え?!これも脾虚と取るの?」という事がかなりあります。
食欲があっても「脾虚」と取る場合がありますので、ポイントを知る知らないで天地の差が出てきます。
今回の記事では、私が漢方の師匠先生に教えて頂いた事を中心に、脾虚の見分け方と漢方治療についての要点をご紹介します。
これが解れば、漢方治療を安全にかつ効果的に行う事が出来るようになります。逆に言いますと、絶対に押さえないといけない分野という事でもあります。
皆様に、私の習ったことをお伝えできればと思います。
本記事は、以下の構成になっています。
脾虚とは?
脾虚の範囲
優先度は裏寒>脾虚
脾虚を見分けるポイント
脾虚の漢方治療
臨床寄りの漢方資料
脾虚は本当に範囲が広くかつ奥深いので、勉強するのは本当に大変です。
ですが、本記事でその要点を押さえて頂ければ、効率よく勉強を進めていく事が出来る様になります。是非、最後までご覧ください。
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脾虚とは?
漢方の世界で「脾虚」と表現されるものは、大まかに「胃腸の力が無く、虚状が激しいもの」を指します。
ですが、食欲があっても胃腸が弱って元気が出ない場合、一見食欲が無いと言ってもがっしりした体質等、患者さんの訴えだけでは確定しにくい病態でもあります。
そもそも、漢方医学での脾という臓器は、西洋医学ではどの部位を指すかはっきりと確定されていません。
また、元々、脾は「脾胃」と呼ばれ、胃とセットになって語られる事が多い為、「臓器ではなく機能を現したもの。」とされる場合もあります。
しかしまあ、あまり難しく考えるとドツボにハマりますので、こういう場合は逆にシンプルに「胃腸の弱り」と簡単に括ってしまう方が良いでしょう。
「脾虚とは、胃腸の弱りの事。」
運用上はこれで事足りますので、これで良いのではないでしょうか。その認識で齟齬が出てきたら、その時に考えて行けば良いと私は考えています。
脾虚の範囲
前の見出しでは、「脾虚とは、胃腸の弱りの事。」とアバウトにご紹介しました。実は、定義づけが難しい理由の一つに「脾虚の範囲の広さ」があります。
狭い意味での脾虚は、「食欲無く、身体も骨と皮だけの様にガリガリに痩せて、元気が無い状態。」となります。四君子湯証ですね。
しかし、ご存じの通り「胃腸の虚状をケアしながら他の病態を何とかしよう」という処方は山の様にあり、それらには全て「脾虚」が絡んできます。
また、患者さんの訴えを聞くと「食事は摂れている。」という返事が返って来ても、胃腸の調子を表す口周りが荒れていたり、元気のない様子だったりします。
この様に、軽い程度や無自覚な脾虚も存在しますので、簡単に脾虚の有無を判別する事は難しいのではないでしょうか。
ですので、「本当にこの人は胃腸の虚は無い!」と断言できる以外は、何らかの胃腸トラブルをかかえていると疑って処方を探した方が得策です。
脾虚は、そこまで範囲が広い病態になります。
優先度は裏寒>脾虚
通常、身体の虚と言うと、真っ先に思い浮かぶのが胃腸の虚になります。
しかし、胃腸の虚は二番目に考えるべき虚状です。最優先は「身体内部の冷え」である「裏寒(りかん)」治療が優先となります。
というのも、胃腸を動かしている新陳代謝の熱が虚した状態が裏寒になるからです。胃腸にて消化吸収を行うには、それを行う為の熱が必要です。
身体内部の新陳代謝が落ちている状態で胃腸を動かすと、逆に身体内部の冷えを悪化させてしまう可能性があります。
ですので、先に裏寒の治療を行ってから脾虚の治療を行う事が鉄則となります。
裏寒治療に関しては、
漢方入門。臨床第一歩目は身体内部の冷え(裏寒)の解消方法を学ぼう!
の記事にてに詳しくご紹介しています。本記事と併せてご覧頂きますと、より深く理解できると思います。
脾虚を見分けるポイント
前の見出しまでで脾虚の概要と注意点をお話しましたので、ここからは実臨床において、脾虚を見分けるポイントをご紹介していきます。
五行説において、脾の属する土というグループは、身体の中央を意味します。
三焦(さんしょう)という身体を上中下に分ける分け方でも中焦、五行を十字に配置した土王説という分け方でも中央になります。
何が言いたいかと言いますと、中央には両極を結ぶボンド、つまり「バッファ」の役割があるんですよね。
脾についても同じで、上焦に属する心肺と下焦に属する肝腎を結ぶ臓器になります。それらをつかず離れず、両方に気血を送って成り立たせています。
役割がバッファであるので、脾自体の異常もバッファの様に非常に幅があります。少しだけ虚がある事もあれば、非常に激しい虚状もあります。
少しだけ虚がある場合は、胃腸の調子を補助してあげる事で、地黄や芍薬、当帰の様な胃に重たい生薬も使う事が出来ます。
この場合は食欲もあり、体格も中肉中背になりますので胃腸の虚に気付きにくいです。しかし、何となく身体が疲れる、だるい等が続いていたりします。
逆に、非常に激しい虚状がある時は、食欲自体も無く、全身が骨と皮だけになってガリガリに痩せてきます。
激しい脾虚の場合は、地黄や芍薬、当帰の様な胃に重たい生薬は使用出来ません。
実臨床において、脾虚には上記の様な特徴がありますので、見分けるポイントとしては次の二つ、
①軽微な虚を見逃さない
②虚状の程度の判定を厳しくする
が重要となります。
それぞれ、ご紹介していきます。
①軽微な虚を見逃さない
胃腸の虚状は、一見して「無いように」見えます。私たちの普通の感覚では、食欲があって胃腸症状が出てないと「胃腸は問題ない」と考えがちです。
ですが、胃腸の虚状は軽微なものは個人では気づきません。ですので、客観的に見て「その様な症状が無いか」探していきます。具体的には、以下の様な所見です。
食欲が無い
身体の線が中肉中背以下
「だるい」が口癖
ため息が多い
疲れ易い
目に力が無い
声が小さい
身体全体の脂肪が少ない
この様な所見があれば、脾虚を疑います。虚状を示す様な所見が少しでもあれば、程度はありますが脾虚を疑います。
②虚状の程度の判定を厳しくする
これは安全性の話になります。脾虚の程度の判定は、厳しめの方が安全です。
脾虚の程度を過小評価する事で、証決定に失敗した時に裏寒状態(少陰病)に陥らせてしまう確率が高くなります。
裏寒証は脾虚よりも悪化させてしまった状態です。なるべくこの状態には陥らせたくないですね。
もしかしたら、「実証に補剤を使うのはちょっと!」というご意見もあるかもしれません。
確かに、瀉剤を使うべき状態で補剤というミスを起こす可能性はあります。
しかし、トータルとしての危険性を考えた場合、「裏寒に陥れる可能性がある」という「攻めすぎる事の危険性」を念頭に置いた方が良いです。
補剤をしっかりと使いこなせて、始めて瀉剤が効果的に使えると私は考えています。
脾虚の漢方治療
脾虚の漢方治療は、虚状の激しいものから少しだけ脾虚があるものまで、非常に幅広い特徴があります。
本来は個別で処方毎に見ていくのが一番ですが、ここではそれをシンプルに4つの病態に分けてご紹介していきます。
3つの病態とは、
①典型的な脾虚
②気血両虚
③脾虚+α
になります。それぞれ、ご紹介していきますね。
①典型的な脾虚
典型的な脾虚とは、胃腸が弱り過ぎて食欲が無く、体つきも骨と皮だけ、の様に痩せぎすという状態です。
この場合、目に力が無く、声も弱弱しく、誰が見ても「胃腸が悪いんだね。」と解りますよね。
この様な「明らかに脾虚がある」場合、人参や白朮、甘草を含み、当帰や地黄、芍薬の入らない処方を選びます。
具体的には以下の様な四君子湯を中心とした処方です。また、裏寒を兼ねる場合は人参湯や附子理中湯も使われます。
四君子湯、六君子湯、啓脾湯、麦門冬湯、人参湯、附子理中湯
それぞれの処方の詳しい解説は、以下の該当記事にて詳しく記載しています。どうぞご覧ください。
【漢方:75番】四君子湯(しくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:43番】六君子湯(りっくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:128番】啓脾湯(けいひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:29番】麦門冬湯(ばくもんどうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:32番】人参湯(にんじんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:410番】附子理中湯(ぶしりちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
②気血両虚
気血両虚は、脾虚に由来する気虚と血虚のどちらもが存在する状態です。
人参や白朮といった脾虚を治す生薬も入っていますが、地黄や当帰、芍薬と言った胃腸に負担がかかる生薬も処方中に存在します。
気血両虚証に対する治療は気血両補と言います(使われる処方は気血両補剤と名付けられています)。
一見して凄く便利に思いますよね。ですので、一般的に結構な頻度で使われています。
しかし、実はこの気血両補剤には使用上の注意点があります。それは、脾虚が激しい場合は使用できないという事です。
脾虚が激しい場合、気血両補剤の四君子湯部分で補っても四物湯部分での胃腸障害が勝ってしまいます。その結果、下痢や胃腸障害、冷え等の有害事象を起こしてしまう事があります。
私が治療した症例でも経験があります。貧血と言われ他の所で十全大補湯を貰っていた方でしたが、痩せぎすでどう見ても補血部分が余分でした。
その方には四君子湯を渡して飲んで貰い、結果、症状が改善しました。
気血両虚というのは、脾虚も存在しますが「虚状の程度は酷くない」場合に使います。「補血剤行きたいけど、ちょっとだけ胃腸が弱い・・・かな?」という感じですね。
こういう場合に気血両虚剤を使うと、非常によく効きます。
気血両虚証には、主に以下の様な処方が使われます。
十全大補湯、人参養栄湯、炙甘草湯、帰脾湯、補中益気湯、大防風湯、清暑益気湯
この中で、補中益気湯、清暑益気湯について「これは気血両虚じゃなくて脾虚の処方じゃないの?」と思われたかもしれません。
ですが、これらの処方には当帰が含まれており、補血作用があります。その為、処方内容に対して忠実に分類すると気血両補剤になります。
それぞれの処方の詳しい解説は、以下の該当記事にて詳しく記載しています。どうぞご覧ください。
【漢方:48番】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:108番】人参養栄湯(にんじんようえいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:64番】炙甘草湯(しゃかんぞうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:65番】帰脾湯(きひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:41番】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:97番】大防風湯(だいぼうふうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:136番】清暑益気湯(せいしょえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
③脾虚+α
最後は、脾虚+αの病態です。これは、脾虚にプラスして、特殊な状態を兼ねるものになります。
その「特殊な状態」というのは、以下の3つ
肺陰虚
心虚
肝熱
になります。それぞれご紹介していきますね。。
肺陰虚
肺陰虚は、文字通り肺の潤いが低下した状態です。症状としては口や喉の渇きや空咳等が出て、また、肺のグループには皮膚粘膜もありますので、唇や肌の乾燥も現れてきます。
その場合、肺を潤す生薬として麦門冬があり、それが配合された処方が使われます。
具体的には以下の、
麦門冬湯、炙甘草湯、清暑益気湯
といった処方になります。
麦門冬湯には人参や粳米を含み、胃腸の虚状が激しい場合の空咳に対応します。
また、炙甘草湯は中肉中背で食欲が有り、顔全体が赤くて皮膚粘膜の乾燥を伴う気血両補剤として使用出来ます。
清暑益気湯は、その名の通り夏場の暑気あたりに使用します。炙甘草湯の様に地黄を含みませんので、夏バテで脾虚があり、食欲があって細身の方によく合います。
それぞれの処方の詳しい解説は、以下の該当記事にて詳しく記載しています。どうぞご覧ください。
【漢方:29番】麦門冬湯(ばくもんどうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:64番】炙甘草湯(しゃかんぞうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:136番】清暑益気湯(せいしょえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
心虚
心虚は、心血虚・心気虚を合わせてそう呼びます。
心の気血が低下すると、精神状態が抑鬱傾向になったり物忘れや不眠、思考能力の低下を引き起こします。
その場合、上半身の血を補う当帰と、遠志や竜眼肉の様な心気心血等を補う処方が使われます。
具体的な処方は、
帰脾湯、人参養栄湯
になります。
両処方共に気血両虚の処方ですが、帰脾湯はより脾虚が強く、逆に人参養栄湯の方が少し実寄りの処方となります。
脾虚・気血両虚に加えて受け答えがボーッとしていたり、気疲れしている様に感じたら考慮すべき処方となります。
ちなみに、私の感覚では、十全大補湯より気疲れも兼ねる人参養栄湯の方が使う機会が多いです。
それぞれの処方の詳しい解説は、以下の該当記事にて詳しく記載しています。どうぞご覧ください。
【漢方:65番】帰脾湯(きひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:108番】人参養栄湯(にんじんようえいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
肝熱
肝熱を兼ねる脾虚というのは、あまり馴染みの無い考え方かもしれません。
しかし、現実には存在し、それ用の処方も存在します。肝熱というのは、簡単に言うとイライラですね。ストレスが溜まり、それが原因で身体のバランスが悪くなっている状態です。
その状態かつ脾虚がある場合、以下の二処方が使われます。
六君子湯、補中益気湯
六君子湯には柴胡が入りませんが、陳皮と半夏により身体の左側の気の流れが改善します。ですので、肝熱一歩手前位のギリギリのストレスを改善します。
また、補中益気湯には柴胡が入っております。これは、明確に肝に熱があり、目つきが悪くイライラした言動があり、身体の上下のバランスが崩れている状態を示しています。
よくよく観察すると、その辺りも見えて来ます。
それぞれの処方の詳しい解説は、以下の該当記事にて詳しく記載しています。どうぞご覧ください。
【漢方:43番】六君子湯(りっくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:41番】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
臨床寄りの漢方資料
ここまでお読み頂きありがとうございました。本記事で、脾虚についてのポイントがお解り頂けたのではないでしょうか。
後は、ご紹介した処方を実際に使って感触を確かめていく事が大事になります。各処方の記事に飛んで頂き、それぞれの処方の特徴を押さえて頂ければ実践出来ると思います。
本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、他処方との鑑別でそちらをご活用頂いても良いでしょう。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は、下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
最後に、少しだけ宣伝失礼いたします。
手前味噌ですが、漢方を実践していく上で私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
無料の冒頭部だけでもご参考になるかと思いますので、是非ご覧ください。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。