ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、裏虚(りきょ)・虚労(きょろう)について、詳しくご紹介します。
「裏虚って何?虚労ってどんな疲れの事だろう?」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。あまり取り上げられる事が無く、脾虚と混同しがちなカテゴリーでもあります。
ですので、まずは定義をしっかりとご紹介し、その後、実際の治療についてお話していきます。
簡単にご紹介しますと、裏虚・虚労というのは全身の栄養状態不良(気血の虚)です。気血の供給が追い付かない状態を指します。
マイナーなカテゴリーと思われるかもしれませんが、意外に多くの方が「虚労・裏虚」状態になっています。
しっかりとこの病態を把握する事で、患者さんお客さんに喜んで頂けるのではないでしょうか。本記事が、その手助けになれば幸いです。
本記事は、以下の構成になっています。
裏虚・虚労とはなにか?
虚労の範囲
裏虚・虚労の見分け方
裏虚・虚労の治療
無理そうなら裏寒・脾虚の治療に戻る
裏虚・虚労の自験例
裏虚・虚労は、コツを掴むと凄く簡単なカテゴリーでもあります。
本記事が、その助けになれば幸いです。どうぞ、ご覧ください。
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裏虚・虚労とはなにか?
裏虚の場合、胃腸はそれほど強い訳ではありませんが、食欲が出る位には回復しています。
また、身体内部の冷えも少なく、脾の機能低下がある程度治まっている為、脾を使う事が出来る様になった状態になります。
脾というのは五行において土のカテゴリーに分類されます。その例えの通り、脾虚というのは地面の状態が荒れて痩せた状態です。
その状態を脱し、「さあ全身に気血を届けよう・・・!あれ?材料と道具が無いぞ!?」という状態が裏虚・虚労になります。
全身に気血をばらまきたいのに、材料と道具(システム)が不足しているが為に出来ない、という状態です。
具体的には、筋肉の栄養や血液量が足りなくなって固くなったり、疲れやすくなったりします。筋肉が固くなったらどうなるか?場合によっては痙攣してきます。
こむら返りに芍薬甘草湯がよく効く理由の一つに、芍薬の補陰効果があります。それは、脾から気血を肝(筋肉)に引っ張る作用があるからになります。
気血が筋肉に供給されて筋が柔らかくなり、その結果こむら返りが解除されます。
また、子供に対する漢方で小建中湯がよく使われるのもそれが理由です。子供はよく動きます。動いて全身の栄養状態が悪くなって、筋肉が固くなって疲れやすくなります。
その時、小建中湯を使うと、気血が全身に供給されて虚労が緩和されます。
その理由は、全身に気血を届ける為に必要な材料と、それを可能にする道具(システム)を作る(建てる)処方が「建中湯」だからです。
全身の気血が足りていない裏虚の状態を改善するため、建中湯の中の「膠飴」と一部の処方では「当帰」が材料を供給します。
それらを全身に散らすシステムが、「芍薬」をはじめとするその他の生薬群になります。全身の気血の供給があり、栄養が改善された結果、疲れは無くなります。
ちなみに、その効果が顕著に表れるのは筋肉になります。ですので、裏虚・虚労の証決定には筋肉の状態を見る事が多いですね。
建中湯は非常によく考えられた処方群です。しかし、それらはしっかりとした地面という土台があって、初めてそれらが役に立ちます。
「身体内部の熱があり、胃腸がある程度整っている。」という状態があって、初めて裏虚・虚労に対する治療が出来ます。
ですので、先に身体内部の冷えと脾虚を治しておく事が優先されます。
次は、虚労の範囲についてお話します。
虚労の範囲
よく漢方の古典書籍にも「虚労」という言葉が出てきますが、その範囲をどう捉えるかで話が変わってきます。
ですので、「この文章の「虚労」は広い意味で言っている、こっちの文章は狭い意味か。」という風に、場合分けをしながら読む必要があります。
この読み方が出来ないと、虚労の定義も曖昧になり処方を正確に把握する事が出来なくなります。ですので、虚労の範囲を正確に把握する必要があります。
上で少し触れた通り、虚労の範囲には、
広義の虚労
狭義の虚労
があります。それぞれ、ご説明しますね。
広義の虚労
まず、広義の虚労です。この場合の虚労は、気血に関わる物質全て(気、血、先天の精、後天の精)が不足している状態を指します。
この場合、補腎剤、補血剤、気血両補剤等も対象となりますので、膨大な量の処方が虚労の処方として扱われます。
この場合、地黄も虚労の対象生薬となってきます。
狭義の虚労
次に、狭義の虚労です。これは前の見出しでお話したもので、気血の虚のうち、膠飴や芍薬が主体となる気血の虚を指します。
この2つが深く関わる気血の虚というのは、「ご飯を食べると元気が出る気虚」「筋肉疲労があり、筋が固く栄養不良状態である肝血虚(裏虚)」の状態を指します。この状態が「狭義の虚労」です。
建中湯類や芍薬甘草湯等の芍薬が増量されている処方というのは、狭義の虚労の時に非常に有効になります。
*ここから下の「虚労」は、注釈が無い限り「狭義の虚労」として扱います。
裏虚・虚労の見分け方
裏虚・虚労に特徴的な所見は、
冷えは無いか軽度
食欲はあるが、体格は細目
便は固めの事が多い
筋肉が固い(腹直筋緊張、大腿部の筋肉が固い)
となります。また、裏虚・虚労のうち、疲労が激しい場合、上記にプラスして
疲れ易い
顔が火照る
手のひらが火照る
手のひらから汗が出る
子供の様に裏表の少ない性格
よく動き無理しがち
といった所見が出てきます。これらの追加所見が有る場合、大建中湯以外の建中湯類が使われます。
裏虚・虚労の治療に関しては、次の見出しでご紹介します。
裏虚・虚労の治療
裏虚・虚労の治療は、芍薬や膠飴の入った処方を使いますが、大きく分けて以下の3種類に分かれます。
肝血虚(裏虚)が強いもの
気血がどちらも虚しているもの
その他
それぞれご紹介していきます。
肝血虚(裏虚)が強いもの
肝血虚が強く、気虚はあまり無い場合、脾で出来た栄養素を引っ張り肝陰を補って血を増やす芍薬が主剤となります。その場合、膠飴は使われません。
この時に使われる処方は、以下の様なものがあります。
桂枝加芍薬湯
芍薬甘草湯
それぞれ簡単にご紹介していきます。詳しく知りたい方は、各処方の下に処方解説記事のリンクを貼りますのでそちらをご覧ください。
桂枝加芍薬湯
桂枝湯の芍薬を倍にした処方です。芍薬を倍にする事で、肝を補う効果を主体に持ってきています。
肝が補われると筋肉が柔らかくなり、動きが良くなります。上記の裏虚所見があり、便が固く、便秘気味の場合には桂枝加芍薬湯が良いでしょう。
【漢方:60番】桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)の効果や副作用の解りやすい説明
芍薬甘草湯
こむら返りや足の痙攣によく使われる事で有名な処方です。しかし、意外と正しい使い方は知られていません。
傷寒論の条文で、芍薬甘草湯の使用は甘草乾姜湯という身体の芯を温める処方の後に使う様になっています。
つまり、身体の芯が温まって初めて使える薬なんですよね。こむら返りの起きる時間って何時でしょうか?
午前2時3時。丑三つ時が多いですよね。つまり、身体の新陳代謝が落ちている時に起こりやすいです。
その場合、芍薬甘草湯ってどうなんでしょう。まあ、筋肉の陰虚が緩和されますのでこむら返りは起きにくくなりますけど、本来の近づけるなら足を温めた方が良いんですよね。
なので、私は病院から芍薬甘草湯が出た場合、寝る時に足を温める格好にするよう患者さんには伝えています。
【漢方:68番】芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
気血がどちらも虚しているもの
気血のどちらもが虚してしまう状態には、大建中湯以外の建中湯類を使います。つまり、以下の
小建中湯
黄耆建中湯
当帰建中湯
帰耆建中湯
の4処方です。それぞれ簡単にご紹介していきますね。詳しい解説は、それぞれの処方の下に貼った記事をご覧ください。
小建中湯
小建中湯は、桂枝加芍薬湯に膠飴を足したものです。建中湯類の基礎となる処方ですね。
小児の様に、動き過ぎてぐったり疲れてしまった時によく使います。前の見出しの裏虚・虚労の所見がほぼ全て当てはまる状態によく使います。
使用上の注意点もほぼ本カテゴリーのセオリー通りです。ドラゴンボールの孫悟空の様な、子供の様に天真爛漫な主人公タイプの方によく合います。
【漢方:99番】小建中湯(しょうけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
黄耆建中湯
小建中湯に黄耆を足した処方です。小児の小建中湯証で、アトピー等肌荒れがある場合に使います。
ですが、黄耆は肺気を高める生薬であり、その気は脾から引っ張ってきます。ですので、小建中湯の方が若干虚になります。
感覚勝負になりますが、黄耆建中湯でひっかかりを覚えたら、一旦小建中湯で様子を見るのも手ですね。
【漢方:98番】黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
当帰建中湯
当帰建中湯は、小建中湯に当帰を足して、膠飴を抜いたものになります。何故膠飴が抜かれているかは不明ですが、虚労の程度が酷い場合は入れるのがセオリーです。
当帰芍薬散は胃腸が丈夫な平安美人の処方、当帰建中湯は現代風のほっそりした美人のお薬です。女性らしい女性の為の薬。
私が見る限り、芸能人の方、特にモデルや女優さんに適応が多い処方です。ちなみに、アナウンサーの方は六君子湯の適応が多いように見えます。
政治家はもっとストレスがきついのか、柴胡の証の方が多いですね。
【漢方:123番】当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
帰耆建中湯
帰耆建中湯は、小建中湯に黄耆と当帰を足して出来る処方です。医療用漢方製剤にはありませんが、黄耆建中湯と当帰建中湯を足す事で作る事が出来ます。
この処方は虚労があり、肌の色艶が悪く、疲れこんで逆上せがきつい場合に使用します。丁度、十全大補湯の虚の処方に当たります。
十全大補湯は、帰耆建中湯よりももう少し胃腸の虚が少ないのが特徴です。肝陰の不足が多大な場合や身体つきが細い場合は、十全大補湯より帰耆建中湯を選択した方が無難です。
【漢方:98番】黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:123番】当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
その他
その他の処方は大建中湯になります。
大建中湯
膠飴ははいっていますが肝陰の不足を補う芍薬は無く、その代りに身体を温める乾姜等が入っているのが特徴です。
「術後の大建中湯」で有名な処方で、主に大腸が冷えて動かず、ガスが溜まっている状態に使います。放屁が多くてお腹が張っている場合に、考慮に入れたい処方ですね。
また、その他の所見として、ソワソワとして落ち着きが無くなります。丁度、トイレに行く前の様な感じですね。
【漢方:100番】大建中湯(だいけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
無理そうなら裏寒・脾虚の治療に戻る
これはとても重要です。裏虚・虚労の治療は、身体内部の冷えである「裏寒」と、胃腸の虚状である「脾虚」をクリアして初めて行えるという事を忘れてはいけません。
この2つの状態が残っている場合、真武湯や足湯でケアしながら裏虚・虚労の処方を使うか、若しくは一旦ランクを落として裏寒脾虚の治療に専念する必要があります。
無理は止めた方が無難です。無茶しないように気をつけましょう。無理を通して、虚状を悪化させる事もあります。慎重に漢方の証決定をしていく事が大事ですね。
漢方入門。臨床第一歩目は身体内部の冷え(裏寒)の解消方法を学ぼう!
脾虚の見分け方と漢方治療について
裏虚・虚労の自験例
所謂自験例です。
本記事を書いている令和2年6月初頭、転職したてで頑張り過ぎたのか非常に疲れやすくなり、手が火照って逆上せてきました。
こういう「頑張りすぎの疲れ」というのは色々と証がありますが、よくありがちなのが気血両虚や裏虚、虚労の状態になります。
逆に物凄く珍しい疲れは大黄シャ虫丸証となります(少し話が逸れました)。
転職したての時は気血両虚に緊張による心気虚があり、人参養栄湯を飲んでいました。
しかし、漢方による補剤の効果よりも無理しすぎたのでしょうか、より肝血が虚した虚労という状態になっていると気づきました。
虚労の場合、手のひらの火照りや汗、へその両サイドの腹直筋の緊張、太ももの筋肉の緊張を見ます。自分で触った所、全て適合。
自分自身で選んだ処方は帰耆建中湯。医療用漢方製剤の場合は黄耆建中湯と当帰建中湯を両方同時に飲みます。
一般用医薬品の場合は、あまり流通はしていませんが剤盛堂の強虚労散。自分は強虚労散を選びました。
飲んで10分後、身体が楽になって疲れが軽くなったのを自覚しました。中々効いてくれたので良かったです。
漢方の証がピッタリ合うと、効果は非常に早く出てきます。西洋医学的には考えられないスピードなんですけど、理由はまだ解りません。不思議ですね。
さいごに
今回は、裏虚・虚労の治療についてご紹介しました。コツを掴むと凄く解りやすいので、是非是非、挑戦してみて下さい。
ポイントは「明るく素直でよく動く、マンガの主人公に似合う様な処方」又は「小児や、小児の様な天真爛漫な方」です。これをポイントに使用してみて下さい。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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また、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご参考頂けたら幸いです。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。