ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、表虚・表寒の治療について、詳しくご紹介します。
「表虚というと、桂枝を使って気を巡らせる基本の治療ですよね。」
と思っていらっしゃる方、お見えだと思います。でも、実際は使用条件もあり、非常に奥深いものがあります。
そもそも西洋医学では無い概念ですので、その辺りのテクニックは失伝してしまっているものもあります。
今回の記事では、私が勉強してきた理論と臨床で実践してきた経験を元に、概念から使い方までご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
表虚・表寒とは
気の巡りは何故大事か
葛根湯を飲んでみた
表虚・表寒の治療を行う条件
表虚・表寒の治療
さいごに
漢方で一番難しいのは、西洋医学に無い気の概念の理解ではないでしょうか。そして、その気の巡りを一番考えないといけないのが表虚・表寒の治療です。
気の巡りが解れば、表虚・表寒だけではなく、他のカテゴリーの漢方処方についても「あ、なるほど!」と理解出来るようになります。
少し難しいかもしれませんが、何度も読んで考えて頂けると、ある時「パッ」と解るようになります。
それでは、宜しくお願いします。
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表虚・表寒とは
表虚・表寒とは、一般的な漢方の先生は「体表の気が不足して巡っていない状態」と説明される事が多いです。
確かにその通りなのですが、それだけだと実は不十分です。
どうして不十分なのでしょうか?
答えは、「体表に限らず、臓器表面、細胞表面も含む表機能の虚だから。」です。
体表と言いますと、身体の見える部分、つまり皮膚や粘膜表面に限ります。
しかし、そうではなく「体表を含む表という部分全て」の表面の虚が出てくるからこその「表虚・表寒」になる訳です。
別の書き方をしてみましょう。
陰陽の基本的性質の一つに「入れ子構造」というものがありますが、身体→臓器→細胞のどの階層でも表裏が存在します。
その表の部分が虚している、という事が「表虚・表寒」の正確な表現となります。
その部分の気が虚して、巡りが悪くなっているという訳です。
そうしますと、次に別の疑問が浮かんできます。
「気の巡りが悪いと、どうなるのだろう?」
次の見出しでお答えします。
気の巡りは何故大事か
漢方の基礎理論の一つに陰陽学説があります。これは、世の中の物事を大きく2つに分類するというものです。
そのうち、身体に限って陰陽の分類をしますと、ざっくり
陰:中下焦、裏、血、水、物質
陽:上焦、表、気、動き
の様になります。
人間は、単に身体の組織があるだけではなく、それらが有機的に繋がり動く事で、人間になります。
逆に、幾ら動きたくても、身体という組織が無いと動く事すらできません。
二つの事象が成り立って、始めて「生きている人間」となります。
この、動きを主る領域を漢方医学では経験的に「表」と言います。
表現を変えますと、
陰-裏→器質・・・組織やエネルギー、物質を作り出す領域
陽-表→機能・・・出来たエネルギーや物質を使って身体を動かす領域
となります。この表の機能のエネルギー不足による機能低下が「表虚・表寒」という訳です。
表の気の巡りが悪くなりますと、気は上焦に溜まって頭痛や発熱、顔の火照り、首筋のコリが出、逆に中下焦の動きは悪くなり身体がだるくなってきます。
この「表虚・表寒」を治療するにはどうしたら良いか?
答えは単純で、表の気を補い、温めて動かしてやればいい訳です。
表の気を補い温める生薬が「桂枝(桂皮)」、太陽膀胱経を通して表の機能を活性化させる生薬が「麻黄」となります。
これらの生薬が両方入った処方は何でしょうか。
色々とありますが、一番有名なものは葛根湯ですね。
次の見出しでは、表を補う事でどういう事が起こるかをご紹介します。
葛根湯を飲んでみた
表の気を巡らせる主作用は、桂枝の働きによるものです。ですので、本来、「表の気を巡らせる代表処方は桂枝湯」と書くべきかもしれません。
ですが、葛根湯にはあって桂枝湯には無い作用もありますし、現代社会で一番手に入りやすい処方は葛根湯になります。
そのため、「代表処方は葛根湯」という書き方にしました。
さて、見出しの話に戻します。葛根湯という処方を飲むと、どんなことが起きるかをご紹介します。
葛根湯の傷寒論条文を見ますと、「太陽病で、首筋が強張り、汗が出ず、悪風(おふう)するもの。」とあります。
太陽病というのは表虚・表寒の事を指し、頭痛、発熱等が現れている病態の事です。また、悪風というのは、風に当たるのを嫌がるという意味です。
この葛根湯の条文には、風寒の邪気に身体の表(表面も含む)がやられ、気が虚してしまった時、どの様な状態になるかが書かれています。
もっと言いますと、表の虚が起こりますと皮膚表面の熱も不足してきますので、他の人が触ると「冷たく」感じます。
それを解消するのが葛根湯で、首筋の詰まりを取って、全身の皮膚を温めて発汗させて治します。
実際に葛根湯を飲むと、皮膚表面が温まり、体調によっては汗が出てきます。私が実際に飲んだ時は、特に腕から手先にかけて温まって来る印象でした。
それと同時に、首筋が凝っていて頭が痛いといった症状がある場合、それも軽くなって楽になります。
元々、漢方医学でいう風邪(ふうじゃ:風にのってやってくる邪気)は、ウィルスや細菌といった感染症に限らず、温度や何かしらのストレス等もその範疇に含まれます。
西洋医学的な区別は元々無く、「目に見えない邪気」全般を風邪としています。
ですので、現代で言う「風邪のひき初め」というより、「寒い日に外に出て、身体が冷えてしまった」時に使用する方が本来の使い方に近いのかもしれません。
所で、この葛根湯に限らず、表虚・表寒の治療を適切に行うには「使用条件」に当てはまる使い方が必須です。
使用条件に合わない使用をした場合、誤治が起こる確率が跳ね上がります。事実、添付文書を見てみても、結構な量の副作用情報が載っています。
それらの副作用を起こさず安全に使用する為のコツを、次の見出しでご紹介します。どうぞご覧ください。
表虚・表寒の治療を行う条件
表虚・表寒の治療は、身体内部である「裏」で出来た気のエネルギーを「表」に持ち出して巡らせるという事をします。
ですので、見かけ上身体が温まった様に見えていても、その実、身体にある気は服用前よりも減少します。
表虚・表寒というのは、気の運用状態に問題がある事を表現した言葉になります。
つまり、その治療を行う場合は、身体内部の気を中心とする虚状が無い事が大前提です。
実臨床において、この虚状の確認が十分にされないまま、表虚・表寒の治療をされてしまう事が星の数程あります。そして、誤治(副作用発現)の原因となってしまっています。
虚状の確認は色々ありますが、主に2つに分かれます。
裏寒
脾虚・肺気虚・心気虚
それぞれご紹介していきますね。
裏寒
裏寒(りかん)は表虚・表寒の対義語としてよく使われますが、その意味合いは単に裏の気が不足しているという訳ではありません。
主に、裏の気のエネルギー不足には2種類存在します。二段構えの構造になっている為、その様になります。
裏寒は、その二段構え構造の最奥最下層である、基礎新陳代謝の不足になります。言い換えますと、生きる為に必要なベースのエネルギーの不足です。
表虚・表寒の治療は、上の見出しでもお話した通り「表の気を補い巡らせる」という事をします。
では、表の気は何処から来るのでしょうか?
答えは裏です。つまり、裏のエネルギーが十分無いと表を巡らせるのは危険な行為になります。
傷寒論において、桂枝の有無があるのはその為です。その辺りは非常に厳密に運用されている印象です。
もし裏寒の状態で表を巡らせるとどうなるか?
答えは、「余計に具合が悪くなる。」です。
そもそも、裏寒の方は、一日中ずっと身体がだるく、ずっと寝ていたい気持ちになります。また、手足が冷え、何となく力が出ない等の症状も出てきます。
この状態で表虚・表寒の治療を行うという事は、「頑張れ頑張れ!」と病人にムチを打つ事と変わりません。
実臨床において、この失敗はよく見られます。患者様の症状の程度にもよりますが、マズイと思ったら服用中止も視野に入れるべきです。
次は、同じ裏の気虚である脾虚・肺気虚・肺陰虚についてご紹介します。
脾虚・肺気虚・心気虚
3つの虚の見出しになっていますが、大凡脾虚に伴い肺気虚・心気虚になってきますので、≒脾虚として頂いてかまいません。
裏寒が基礎新陳代謝の不足であるのに対して、脾虚・肺気虚・心気虚は脾(胃腸)で作られる飲食物等の消化から得られる気が不足して起こります
胃腸の調子が慢性的に悪く、食が細くて元気が出ない方、もしくは、それが原因でお肌が荒れていたり大声が出せなかったりする方は、裏寒の場合と同じ様に気が枯渇して余計に具合が悪くなってしまいます。
これらの他にも、血虚や腎虚、陰虚等の程度で条件は変わりますが、臨床上よく見るのは裏寒と脾虚の2つが主になります。
逆に言いますと、表虚・表寒の治療を行う場合には、これらの問題点をじっくり把握してからでないと治療に入ってはいけないという事になります。
一般の書籍等では「風邪には葛根湯」である場合が多い為、ある意味危険な選び方と言っても過言ではありません。
次の見出しでは、これらの使用条件をクリアした上で「どの様に表虚・表寒を治療していくのか?」を詳しくご紹介致します。
表虚・表寒の治療
表虚・表寒の代表的な治療処方をご紹介します。このカテゴリーはある見方では補、ある見方では瀉の働きになります。
補となる見方は表虚という視点から見る場合、瀉となる見方は脾虚や裏寒という視点から見る場合です。
ですので、両方の視点からGoサインが出て初めて使える処方と言えます。前の見出しで裏寒、脾虚の場合で使用出来ないといった理由がここにあります。
代表的な表虚・表寒の治療剤には、以下の様なものがあります。
桂枝湯
桂枝加葛根湯
葛根湯
麻黄湯
桂麻各半湯
その他桂枝湯類
それぞれご紹介していきますね。
桂枝湯
桂枝湯は、「衆方の祖(しゅうほうのそ)」と言われ、漢方処方のはじまりとされています。
実際の所どうなのかは解りませんが、傷寒論という急性外患病の最初に桂枝湯が出る事より、あながち嘘でもないのかなと思っています。
桂枝湯は、表寒虚(ひょうかんきょ)という状態に使います。文字通り、表面の熱が奪われて冷えてきます。ですので、皮膚表面全体的に冷たくなります。
また、汗の調節が上手く行かなくなり、ダラダラと汗が出る状態となります。
皮膚表面を触って、少し湿り気があって冷えている状態なら、表寒を疑っても良いでしょう。また、表虚の症候である、頭痛発熱や顔の赤みが出ても、表寒の可能性を疑います。
また、発汗していて首筋のコリ等はありませんので、その点も確認しておくと良いでしょう。あったら桂枝加葛根湯や葛根湯も考えます。
太陽膀胱経の詰まりがあると、そこで経絡が止まり、発汗出来なくなります。桂枝湯の場合は、太陽膀胱経の詰まりはありません。
【漢方:45番】桂枝湯(けいしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
桂枝加葛根湯
桂枝加葛根湯は、桂枝湯に葛根を加えた処方となります。葛根は首のコリをほぐす効がありますので、その症状がある場合に使用されます。
しかし、太陽膀胱経の詰まりは無く、発汗しているという所がポイントです。桂枝湯には首筋のコリが無く、葛根湯の様に無汗ではないというのが鑑別ポイントとなります。
基本的な効能は桂枝湯になりますので、その他の症状は桂枝湯と同様になります。
【漢方:27番】桂枝加葛根湯(けいしかかっこんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
葛根湯
葛根湯は、桂枝湯に葛根と麻黄を加えた処方となります。桂枝加葛根湯の首筋のコリに加え、太陽膀胱経の詰まりがある為に発汗できず、頭痛が酷く寒気がするのが特徴です。
頭痛と寒気というのは表裏一体の症状で、太陽膀胱経という経絡が詰まっている場合、頭部にある余分な気が下がらず渋滞を起こします。
丁度、後頭部と首の間で気の流れがせき止められて、その手前(頭部)では実の所見が、その後(首から下)では悪寒といった虚の所見が現れます。
要するに循環不良をおこしてしまうという訳です。
この「太陽膀胱経の詰まり」が無いのが桂枝湯や桂枝加葛根湯で、葛根湯はこれが詰まっているのが特徴です。
基本的な効能は桂枝湯になりますので、その他の症状は桂枝湯と同様になります。
【漢方:1番】葛根湯(かっこんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
麻黄湯
麻黄湯は、葛根湯と同じく麻黄と桂枝が入る処方です。しかし、その他の構成生薬がかなり違っており、同じ様な効果の処方とは言えません。
葛根湯は、首筋のコリを除く葛根や身体の栄養をまき散らす芍薬が入っておりますが、麻黄湯にはありません。逆に、肺の痰を取る杏仁が葛根湯にはありません。
更に、一番大きな違いは大棗の有無になります。
大棗は、その性質に陰陽調和という効能があり、薬効や症状を身体全体に分散する働きがあります。結ぼれた気を全体に薄く延ばすといったイメージですね。
その分散作用が麻黄湯にはありませんので、必然的に身体の内部を中心として効果がフォーカスされる様に組まれています。
条文には「無汗、関節痛、腰痛、頭痛、発熱、喘鳴、鼻血」という語句が見え、麻黄湯自体に下りない気を無理矢理降ろす働きがあるという事が解ります。
詳しくは、以下からリンクしている記事をご覧ください。
【漢方:27番】麻黄湯(まおうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
桂麻各半湯
桂麻各半湯は珍しい処方で、名前の通り桂枝湯と麻黄湯が半量ずつ合わさった構成となっています。
この処方の特徴は、麻黄湯に入っている杏仁の効能を、大棗によって全身、言わば表に持ち出しているという所です。
麻黄湯の場合、杏仁は裏位である肺の痰を温めながら消す働きがありました。ですので、肺の喘鳴がある場合に使用されます。
しかし、本薬の場合は大棗の働きでその効果が幾分か表に引っ張り出され、肺の支配下である皮膚や大腸の寒痰をさばく働きに変化します。
結果、泥状便やかゆみに対する処方として使われています。勿論、桂枝と麻黄が含まれておりますので、気の上行による逆上せがあり、頭痛、発熱、汗が出ないものが目標となります。
詳しくは、以下の記事をご覧ください。
【漢方:37番】桂麻各半湯(けいまかくはんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
その他桂枝湯類
上記にご紹介した処方の他にも、桂枝や桂皮、麻黄が含まれている処方は非常に多くあります。
これらが含まれている処方を扱う際は、本記事で取り上げている「表虚・表寒」について必ず考える必要があります。
表を巡らせるという事は身体の動きをブーストさせる働きがある反面、内部エネルギーも使用します。ですので、その内部エネルギーの枯渇を防ぐ必要があります。
その辺りを考慮に入れて処方を考えるだけで、漢方運用上の安全性は飛躍的に高まります。
逆に、桂枝・桂皮が入っていない処方があれば、それは何らかの理由で表のケアを行う必要のないもの、若しくはケアしてはいけないものという事になります。
私が実臨床で漢方処方を決定する際、この辺りは注意深く見ているポイントになります。例えると、小学校の算数で習う「たしかめ算」ですね。
別の方法でその答えが正しいかどうかを導く事で、隙を無くす事が出来ます。
以下に桂枝が入っている処方の一例を挙げます。ご参考頂ければ幸いです。
【漢方:5番】安中散(あんちゅうさん)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:25番】桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:48番】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:82番】桂枝人参湯(けいしにんじんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:99番】小建中湯(しょうけんちゅうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:106番】温経湯(うんけいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
さいごに
今回は、表虚・表寒の治療についてご紹介しました。
私の師匠先生は、「西洋医学には無い「表」という概念を理解すると、漢方の3割位が解った事になる。」と仰っています。
どうしても西洋医学では扱わない領域の話ですので、荒唐無稽に思われるかもしれません。
ですが、「動き・熱・機能」という言葉に置き換える事で、おぼろげながらその姿が見えてくるのではないでしょうか。
本記事が、皆様の漢方学習の助けになる事が出来たら幸いです。
臨床寄りの漢方資料
実践向きの良い本を私も探しているのですが、特に初心者向けとなると中々ありません。中には「初心者向け」を謳っている本もあるのですが、私はちょっとお勧めできません。
現代語で総合的かつ実践向きのとなると、高いですけど「漢方診療三十年」「臨床応用 漢方処方解説」位でしょうか。この2冊は、臨床をする上で道しるべになってくれる本です。
後は、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、私の編集した「漢方服薬指導ハンドブック」や本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご活用頂くという手もあります。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
【サンプル有】漢方服薬指導ハンドブックのご紹介
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は、下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。