ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、肺陰虚の治療について、詳しくご紹介します。
「肺陰虚って何ですか?どんな生薬を使うんですか?」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。肺陰虚の治療は、麦門冬や石膏等の生薬を使って、肺を潤しながら熱を取るという事をします。
簡単に言いますと、肺陰虚というのは「肺が渇いてしまって熱を排出できず、心肺を中心とする上焦に熱がこもる状態。」です。
言うなれば砂漠化ですね。
その熱が原因となって、咳や呼吸困難、喘鳴、動悸、息切れ等が起こりやすくなります。また、肺の支配下である皮膚粘膜も乾燥してきます。
本記事では、麦門冬と石膏の違い、考え方や治療方剤等を詳しくご説明していきます。
また、肺陰虚の処方には色々とバリエーションがありますので、それらも詳しくご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
肺陰虚とはなにか?
肺陰虚の治療に使われる生薬について
肺陰虚の所見
肺陰虚の治療
温病への応用
肺陰虚の治療は、その特殊性から非常に多くのバリエーションがあります。マスターすると治療の幅が非常に広がりますので、是非押さえたい所です。
本記事が、その助けになれば幸いです。それではどうぞ、ご覧ください。
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肺陰虚とはなにか?
一言で言ってしまえば、上記の様になります。ご存じの通り、肺は大気と接してガス交換をしていますが、それと同時に身体の熱も逃がしている訳です。
西洋医学的に見ると、肺の主作用は大気から酸素を取り込んで二酸化炭素を排出するという事です。
ですが、漢方医学の目から見た場合は「身体から熱を排出する」事が非常に重要な意味を持ちます。
もう少し、「身体から熱を排出する」という事について深く掘り下げてみましょう。
身体からの熱の排出
身体から熱を排出する作用は、要は「温かい物が身体から出る」という事で、主に次の4つになります。
①発汗
②排尿
③排便
④呼気
それぞれ見ていきます。
①発汗
これは説明するまでも無いですね。皮膚から発汗する事で全身の体温を下げる働きになります。
太陽病という時期に、漢方処方で麻黄や桂枝の入った処方を使用して発汗させて治すのも、この働きを利用したものになります。
②排尿
尿も基本的に温かい物になりますが、これで身体の熱を取るというと?に思われるかもしれません。
実は排尿と発汗はセットで考えると良く、体表に近い部分の熱は発汗で排出し、身体の深い部分の熱は排尿で排出しています。
よく漢方の古典で、「小便不利」という記載があります。これは「尿が出ないもの」という意味で、発汗させて治す病気の処方の条文によく見られます。
この事より、発汗と排尿は深い関係にある事が解ります。
③排便
排便のも、身体の熱を排出する作用があります。排便の場合は、直接排出するというよりは続発的に裏の熱を冷ます働きとなります。
ありがちなのは、便が詰まってその影響が上部消化管まで及び、うわ言や不眠、発熱を起こしているものです。
その様な場合、便を出す事で胃の詰まりを取り、その結果解熱が起こります。
④呼気
意外と見逃されがちな所で、本記事のメインです。
五行説の図を見て頂くと解るのですが、心から肺に向かって相克となっています。これは、心から肺に向かって負荷がかかっている事を示します。
季節では、丁度立秋過ぎをイメージして頂くと良いでしょう。本来、秋の季節は冬を迎えるにあたっての準備期間になります。
しかし、残暑が長引きますと冬への準備期間が無くなり身体がガタガタになりやすいです。要は、夏の暑さが秋の作用にブレーキをかけている訳です。
人間の身体でも、それと同じ事が起こっています。心という臓器はエンジンであり、多量の熱を発しています。
そして、その熱は肺動脈を経て肺に至り、ガス交換と同時に気化熱としてそれを排出しています。
ですので、肺に異常が出た場合、心からの熱を処理出来なくなり上焦に熱が溜まり、咳や呼吸困難、不眠、精神不安等を起こします。
熱の排出には肺が関与している
上の「身体からの熱の排出」の部分で、肺が関与しているものをご紹介します。
実は、全部です。
①は、五行説において皮膚が肺の支配下ですので、肺の領域である事が解ります。
②は、五行説において肺の助けを得て腎の支配下である膀胱が尿を作ります(肺の自律神経調整作用)。
③は、大腸の支配下が肺という事と、肛門の別名が魄門(はくもん)と言い、肺の五神である魄の文字が使われる(肺の自律神経調整作用)。
④は説明不要ですね。
身体から何かを排出するという働きは、基本的に肺の領域が関与してきます。肺の機能不全が起こると、これら4つの熱排出の働きに滞りが生まれます。
その結果、様々な症状が現れて来る事になります。
肺陰虚の病態
肺陰虚の病態は、上記4つのうち、④に深く関与します。
要は、肺の潤いが無くなる事で、上手く気化熱として熱を排出出来なくなります。その結果、肺熱が溜まり、心熱も溜まります。
逆に言いますと、この状態を解消するには、麦門冬や石膏等で、肺の陰虚を改善してやればいいという事になります。
皮膚や粘膜は水分と脂分の両方が分泌され、天然のクリームとなっています。そのクリームが壊れて肺の機能失調が起こったものが肺陰虚になります。
肺陰虚の証は横断的
肺陰虚の病態は、気力体力の状態に関わらず出てきます。
つまり、脾虚、気血両虚、柴胡証、腎虚等、様々な病態で現れます。ですので、それぞれの病態に合った処方が作られています。
先に、それぞれの病態を押さえておいて、それプラス肺陰虚、という考え方の方が上手く行きます。
肺陰虚の治療に使われる生薬について
肺陰虚の治療に使われる代表的な生薬は、麦門冬と石膏になります。
それぞれ、ご紹介していきます。
麦門冬
麦門冬は、植え込みに使われているジャノヒゲの根です。となりのトトロというアニメで、トトロが主人公のさつきに渡した木の実を包んだ紐がジャノヒゲですね。
作中では別名のリュウノヒゲと言っています。
麦門冬という生薬は、触ると非常にベタベタしています。それを飲むという事は、身体の中に脂分を入れるという事になります。
皮膚粘膜の脂分を増加させ、肺を潤して肺陰虚を改善するという訳です。
石膏
石膏は鉱物生薬であり、成分は硫酸カルシウム水和物となります。
身体の中に入りますと、血液が高張液となり、浸透圧差を利用して細胞内外の水分を調整します。
ですので、水分過剰の場合は水分を抜き、逆に足りない場合は水分を足すという働きになります。
麦門冬が脂分の補充なので、丁度、対称となりますね。
肺陰虚の所見
上記の通りです。
肺陰虚の所見は、上焦の熱が主となります。また、肺熱から続発する心熱も出る事があります。
特に、上胸部を触ると熱い若しくは炎症がある、皮膚粘膜の乾燥、顔が赤い等は必発します。
これらの所見があれば、肺陰虚を疑って良いでしょう。また、心熱の場合は、精神不安定、不眠等の症状も出てきます。
場合によっては、その影響が腎膀胱まで及び、陰部湿疹や膀胱炎等の湿熱所見に発展する場合もあります。その辺りは、次の見出し「肺陰虚の治療」にてお話します。
肺陰虚の治療
肺陰虚は、脾虚から腎虚・血虚、実熱、柴胡証等、全ての段階に関わってきます。
脾虚+肺陰虚
気血両虚+肺陰虚
腎虚+肺陰虚
湿熱+肺陰虚
瘀血+肺陰虚
肝熱+肺陰虚
腎熱+肺陰虚
実熱による肺陰虚
それぞれ使える方剤が違いますので、場合分けしてご紹介していきますね。
脾虚+肺陰虚
脾虚という状態は、胃腸が弱って痩せて食欲が無く、という状態です。
この状態の時は、補血や瀉剤等の治療が出来ないので、とにかく胃腸の働きを回復させる生薬が使われます。
脾虚についての詳しい解説は、
脾虚の見分け方と漢方治療について
をご覧ください。
その脾虚と、肺陰虚を兼ねる証の場合は麦門冬湯が主に使われます。一般用医薬品には生脈散という処方もあります。
麦門冬湯には、人参や粳米といった胃腸の力を補う生薬も配されています。身体が細く食欲の無い方の、咳によく効きます。
麦門冬湯の詳しい解説については、
【漢方:29番】麦門冬湯(ばくもんどうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
気血両虚+肺陰虚
気血両虚証の場合、食欲はあるけれど疲れやすいという所見が出てきます。
治療には、人参や白朮等の補気剤と当帰や地黄等の補血剤を合わせた「気血両補剤」というカテゴリーの処方が使用されます。
気血両補剤についての詳しい解説は、
気血両虚の治療について
をご覧ください。
その気血両虚と、肺陰虚を兼ねる証の場合には、清暑益気湯や炙甘草湯が主に使われます。
清暑益気湯には人参と当帰の両方が配され、上焦の気血を補いながら心肺の熱を取る処方となっています。名前の通り、夏バテ暑気あたりによく使用されます。
清暑益気湯の詳しい解説については、
【漢方:136番】清暑益気湯(せいしょえっきとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
腎虚+肺陰虚
腎虚と肺陰虚を兼ねる証もあります。腎虚は、がっしりでっぷりとした胃腸の強い方で、腰が重い、脚が痛い、老化等の所見のある高齢者の方によく見られます。
しかし、最近では、若い方でも腎虚に陥っている方が見えます。
腎虚についての詳しい解説は、
腎虚の治療について
をご覧ください。
腎虚+肺陰虚の証では、腎虚の所見と共に、咳や胸部の熱、不整脈、精神不安定、不眠等が見られます。
この証の治療には、一般用医薬品には味麦地黄丸という製剤がありますが、医療用にはありません。医療用で代用する場合、六味丸と麦門冬湯を合わせます。
六味丸と麦門冬湯の詳しい解説については、それぞれの記事
【漢方:87番】六味丸(ろくみがん)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:29番】麦門冬湯(ばくもんどうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
湿熱+肺陰虚
湿熱というのは、湿気を伴った邪熱の事です。
概念的なものなので、中々説明が難しいのですが、例えば、アトピーなんかのジュクジュクしたものや、とびひ、デリケートゾーンの痒みや炎症、水虫等がそれに当たります。
また、膀胱炎等の泌尿器疾患は大体が湿熱が原因となって起こります。
湿熱は、ベトベトしていて深く沈む特性があります。ですので、陰部等に異常が出やすくなります。
湿熱+肺陰虚の場合、処方としては清心蓮子飲が用いられます。
心肺の熱を取って、心腎のつながりを強固にして排尿障害を改善します。主に、心・肺・腎の3つがターゲットの処方となります。
清心蓮子飲の詳しい解説については、
【漢方:111番】清心蓮子飲(せいしんれんしいん)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
瘀血+肺陰虚
瘀血というのは、身体に溜まった血の毒を指します。乱雑度の高い血と言っても良いでしょう。
血が固まった固形状のものを全て瘀血としますので、癌や筋腫等も瘀血の一種になります。また、打撲時のあざや捻挫なども瘀血になります。
要は、健康な状態では現れない腫瘍の様なものや、流れにくい血、通常なら出てこない場所に出る血等をひっくるめて瘀血と呼んでいる訳です。
その瘀血が存在する状態で肺陰虚が併発している時、温経湯が用いられます。
温経湯証は、ずんぐりむっくりとした丸っこい印象の女性の方で、顔が逆上せて唇の色が悪く乾燥していて、舌下静脈の怒張や月経不順等の血の道症等の所見があります。
私の主観ですが、非常に頭の回転が速いキャリアウーマンに多い印象です。
温経湯の詳しい解説については、
【漢方:106番】温経湯(うんけいとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
肝熱+肺陰虚
肝熱というのは、上下左右前後内外のバランスを取っている半表半裏や肝に熱が溜まり、上焦には熱が、逆に中下焦は機能不全が起こっている状態になります。
その所見は、目つきが鋭くイライラとして、考えが非常に狭量となるという特徴があります。また、胸脇苦満という、右わき腹を中心とした張りが出てきます。
肝熱と肺陰虚を兼ねる処方は、肝熱の所見に唇の乾燥や胸部熱感、咳や呼吸困難などの所見が追加されます。
エキス剤では、滋陰至宝湯が肝熱+肺陰虚の処方となります。
加味逍遥散の様な、よく愚痴を言う肝熱所見のある方で、肺陰虚の所見を兼ねる場合に使用します。
滋陰至宝湯の詳しい解説については、
【漢方:92番】滋陰至宝湯(じいんしほうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
腎熱+肺陰虚
腎熱を伴う肺陰虚もあります。正確には、「腎の虚熱を伴う肺陰虚」ですね。
腎熱という状態は少し特殊で、腎虚が原因で下焦の陰虚(潤いが低下する)となり、陰陽のバランスが崩れて熱を持ってきます。
その熱が肺をジリジリと焼いて潤いが無くなり、咳や呼吸困難が起こった状態が「腎熱を伴う肺陰虚」となります。
腎虚を伴う肺陰虚と似ていますが、こちらの方が熱の度合いが強く、顔が赤黒くなります。肺陰虚の症状としては、咳や呼吸困難もありますが、アトピー性皮膚炎もあります。
私自身も一度この状態を体験したことがあり、骨の中心が熱くなったのを覚えています。
この状態を治療する処方が滋陰降火湯になります。
滋陰降火湯の詳しい解説については、
【漢方:93番】滋陰降火湯(じいんこうかとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
実熱による肺陰虚
実熱による肺陰虚の場合、石膏が配されたものが使用されます。
麦門冬と石膏の違いは、上の見出しでご紹介した通りになります。麦門冬の場合は脂分補給となり、石膏の場合は水分調整になります。
夏の暑い時期に急性熱射病になった場合、とにかく身体を冷やす必要があります。
特に肺は熱で渇きやすく、放っておくと心の熱を逃がす事が出来なくなるので早急に回復させる必要があります。
石膏は、浸透圧調整で身体に偏在する水の調整を行い、肺に水を呼びこみます(逆に肺に水が溜まる場合は抜く)。
白虎加人参湯に配されている石膏は、上記の働きで肺の陰虚を治して邪熱を清します。
白虎加人参湯の詳しい解説については、
【漢方:34番】白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
をご覧ください。
温病への応用
日本ではあまり発達しなかった漢方の概念に「温病」があります。これは、温邪と呼ばれる温性で傷陰しやすい邪気に身体がやられた時に発症します。
「温性で傷陰しやすい」とはどういった事なのか、簡単にご紹介します。
「温性」とは、身体に余分な熱を持ちやすい状態にする邪気の性質で、「傷陰」というのは、身体の潤いを奪い去ってしまう邪気の性質を指します。
合わせますと、温病とは「身体の潤いが無くなり、熱を持ちやすくなる」事となります。この性質を持つ邪気を温邪と呼びます。その温邪に身体がやられた状態が温病となります。
温病は、身体を体表から内側へ順に侵していくという伝播の仕方をします。
最初は喉の痛みや発熱から始まり、次に咳や呼吸困難を引き起こし、最後は血栓等の重篤な病態を引き起こします。
一般用医薬品である銀翹散は、その最初の体表に温邪が取りついた時に服用する処方となります。
しかし、中期以降は銀翹散では意味がなく、麦門冬配合処方や石膏配合処方が使用されます。つまり、医療用漢方製剤の中の麦門冬や石膏配合処方は、温病の治療処方でもある事になります。
この事を知っておくだけでも処方運用のバリエーションが一気に広がります。知っておいて損は無い情報だと思います。
さいごに
今回は、肺陰虚の治療についてご紹介しました。
肺陰虚の治療は温病の治療とも繋がる為、現代の新たなる感染症に対する対抗策になり得ます。バリエーションが非常に多いのですが、是非とも挑戦してみて下さい。
この記事が皆様のお役に立てたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました。
以下より他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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また、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご参考頂けたら幸いです。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。