ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、気滞(きたい)の治療について、詳しくご紹介します。
「気滞ってよく聞くけど、何となくイメージでしか解らないなあ。」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。仰る通り、どうしても漢方医学はイメージ的なものが優先し、漠然と解った様な解らないような感じになります。
また、表虚・表寒、気逆等の用語の混同も見られ、余計に解りにくくなっています。
今回の記事では、気滞の概念と治療、語句の整理、使い方等を詳しくご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
気滞とは何か
表虚・表寒、気逆、気鬱、風邪(ふうじゃ)等との違い
気滞の治療は理気
理気は瀉法
気滞の治療に使う生薬
気滞の治療
さいごに
今回の記事も、漢方独特の考え方である気をメインで使用します。
その定義を軽くご説明し、似た様な漢方用語との違いをお話しながら治療まで行きたいと思います。
それでは、宜しくお願い致します。
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気滞とは何か
空気でも水でも、そのもの自体が綺麗であっても、長時間動かずにいると澱みが発生します。
コップに水を入れて部屋に置いておくと、コップの中で雑菌が繁殖しますよね。
部屋も同じで、ずっと空気が動かずにいると、気分が塞いでボーッとなってきます。ですので、私たちは生活の上で窓を開けたりして定期的に換気をします。
人間も同じで、何らかの原因で気分がすぐれずボーッとしたり、頭にもやがかかったような感じになる事があります。
この様な場合、漢方医学の言葉では「気滞(きたい)」が起こっているとされる場合が多いです。
気というのはエネルギー、意識、イメージ、ガス等をひっくるめた概念で、その「気」が流れずに溜まって澱んでいる状態を漢方で「気滞」と呼んでいます。
実際の身体で起こる気滞は、気分がすぐれない、ボーッとする、ふさぎ込んでしまう、モヤモヤ感が取れない、フワーッとする等の症状が出てきます。
また、気は軽く上に上がりやすいものですので、漢方医学においては頭部を中心に気が滞留している状態としています。
これは想像の中だけの話ではなく、筋緊張や身体の重心が上がる事で、実際に身体上部に余計に力が入っていて抜けなかったり、胃腸が詰まって流れが悪くなり、胸苦しさや喉のイガイガ等の違和感となって現れてきます。
気という概念は曖昧なものですが、古代の人が考えた、半分現実、半分イメージの物質と捉えて頂けると良いのではないでしょうか。
ちなみに、気については以下の記事で詳しく解説していますので、是非ご覧ください。
【漢方】気とは何か?
次に、漢方用語には気滞と似た様な病態の整理をしていきます。
表虚・表寒、気逆、気鬱、風邪(ふうじゃ)等との違い
漢方用語は、同じ言葉であっても使う場面、前後の文脈、流派等によって微妙に意味が変わる事が多くあります。
これが漢方医学を解り辛いものにしている原因の一つとなっており、特に気にまつわる病態はそれに輪をかけて解り辛くなっています。
ですので、ここで、気滞と似た様な病態を取り上げ、整理していきます。
気滞と似た様な病態には、主に以下の様なものがあります。
表虚・表寒
気逆
気鬱
風邪(ふうじゃ)
気の上行
温邪(うんじゃ)
それぞれご紹介していきます。
表虚・表寒
表虚・表寒は、一般的に「太陽病」と呼ばれる風邪等の感染症初期に現れやすい病態です。
これは、冬の時期に風に乗ってやってくる身体を冷やす邪気(風邪・寒邪)にあてられた場合になります。
身体のバリア機能が弱まり、皮膚が冷え気味になり汗が出続けてしまう病態を表寒虚、太陽膀胱経という背中を通る経絡が止められて汗が出ないものを表寒実と言います。
それぞれ略して、前者を表虚、後者を表寒と言っています。
これらの病態の時は、上記の症状の他に顔の赤み、頭痛、発熱、首筋や肩の凝り等を伴う場合もあります。
表虚・表寒については以下の記事で詳しく解説していますので、是非ご覧ください。
表虚・表寒の治療について
気逆
気逆(きぎゃく)は、正常に流れている気が何らかの原因でせき止められ、逆流している事を指します。
一番有名なものは、咳ですね。正常な呼吸が出来ている場合、気が正常に流れていると表現し、咳が出た場合に「気逆」と言ったりします。
気逆の原因は、肺の燥熱や胃腸の詰まりがあります。「気滞のもっと激しいものが気逆」との認識で良いでしょう。使われる生薬も理気剤(蘇葉、香附子、陳皮等)が使われる事が多いです。
また、気逆で肺の燥熱がある状態(肺陰虚)では、麦門冬が使用されます。この病態については、以下の記事にて詳しく解説しています。
肺陰虚の治療について
気鬱
気鬱(きうつ)は、気がうっ滞した場合に使用する言葉です。「気滞と何が違うんだ?」と思われるかもしれませんが、気滞の場合はゆるやかでも気は流れています。
気鬱の場合は、その流れがせき止められている場合に使います。
気鬱の代表的なものに、肝気鬱があります。肝気鬱は肝鬱とも言われ、行き過ぎると肝に熱を持ってきます。ストレス等で悪化し、この場合は柴胡や竜胆が使われます。
また、気鬱はたまに気滞と同じ意味で使われる場合もありますので、前後の文章をよく読む事が大事になります。この場合は、気滞と同じ理気剤が使用されます。
風邪(ふうじゃ)
風邪は風に乗ってやってくる邪気の総称です。ですので、例えばインフルエンザや感冒のウィルスは勿論の事、花粉症を引き起こす花粉等も風邪になります。
風邪の治療は、基本的に上で軽く触れた「表虚・表寒の治療」と同一のものになります。
気滞というのは、正常に流れている気が何らかの原因で滞留している状態になりますので、風邪の様な外からやってくるものとは違います。
気の上行
気の上行と言った場合、気鬱に限らず、気逆、表虚・表寒等様々な病態を別称として呼んでいる事が多いです。
ですので、前後の文脈や処方内容を見て、この語句の本来の意味を突き止める必要があります。
逆に言いますと、病態は違えど、同じ症状が出てくる事も多いという事です。ですので、上辺の症状に騙されず、本質を見抜く必要があります。
温邪(うんじゃ)
漢方医学の病態の中に、「温病(うんびょう)」というものがあります。これは、春夏の季節中心に、「温邪(うんじゃ)」という傷陰しやすい邪気に罹患した場合に起こります。
簡単に表現しますと、「身体の潤いを取り去り、乾燥させてしまう邪気」となります。
最初、喉の炎症や皮膚の痒み等から起こり、次に咳や喘鳴等の呼吸器に異常が出、最終的に陽明病に類似した血液の熱病となります。
近年、全世界で流行った感染症も温邪だと私は考えています。
気滞は、温邪・温病の様な熱や渇きを身体に及ぼす事はあまりありません。その辺りで鑑別が可能となります。
気滞の治療は理気
気滞という病態を治すにはどうしたら良いのでしょうか。答えは簡単で、「気が動いてないものなので、動かしてやればいい。」という事になります。
その、気を動かす治療方法の事を「理気」、理気に使う生薬や処方を「理気剤(りきざい)」と言います。
この理気剤に使われる生薬は、基本的にハーブの様な香り高いものになります。ですので、理気とは、香り高い生薬を使って、気を晴らすのが理気と呼ばれる治療法になります。
次の見出しでは、理気の特徴と注意点をお話していきます。
理気は瀉法
前の見出しで、理気とは「香り高い生薬を使って、気を晴らす」治療と書きました。
少し考えると解る事ですが、滞った気を動かして、晴らすという流れは「余計なものを取り除く」事であり、細かいですが「瀉」という治療の部類になります。
ですので、理気を行う際にはそれを行っても大丈夫かどうかをチェックして使う事が重要です。
例えば、一般的に補剤とされている六君子湯も、その中に陳皮という胃の気を流す生薬が入っています。
ですので、「胃を動かしても大丈夫かどうか?」を念頭に置いて六君子湯を使う必要があります。
「そこまで過剰に気にするんですか?!」と思われるかもしれませんが、それを考えて使用する事で、処方の安全性や正確性が高まります。
間違っても、「漢方なんで大丈夫でしょ~!」と言って簡単に出すものではないのではないでしょうか。
次の見出しでは、気滞の治療に使う生薬についてご紹介していきます。
気滞の治療に使う生薬
気滞というのは、精神的な気分の鬱滞をはじめ、ボーッとする、何となくモヤモヤする等の症状が出てきます。
人間の身体というのは、物理的な力の滞りと精神的な気分の停滞感はリンクして動き、漢方医学の立場ではそれらをまとめて「気の滞り」としています。
それらの治療は、精神的な鬱滞感を取り去るものであり、その治療で用いられる生薬は香り高いものが選ばれます。
代表的なものとして、以下の生薬があります。
ポイント
香附子
蘇葉
薄荷
香附子
香附子(こうぶし)という漢字を見ますと、真っ先に思い浮かぶのは附子(ぶし)という生薬です。
附子という生薬は、身体を芯から温める効果があり、少陰病や厥陰病といった新陳代謝の低下した状態に使用します。
しかし、香附子はそれとは全く違います。香附子は、その名前の頭に「香」という文字がある事から解る通り、非常に香り高い生薬になります。
実際に匂いを嗅いでいただく事が出来ないのが残念ですが、少しスッとした独特のサッパリする香りです。
この生薬が入っている処方は、理気薬としての作用があると言えます。
蘇葉
蘇葉(そよう)という名前より、「紫蘇」と言った方が良いかもしれません。食卓で、よくお刺身等と一緒に出ますよね。
その蘇葉も、独特な香りで気分を晴らす理気の作用があります。
手に入りやすく作用も温和な事から、虚実どちらの処方にもよく使用されます。
薄荷
薄荷は、漢方というよりハーブティ等にミントとして使用される機会が多い生薬です。
この生薬は、気分を晴らしながら体表を冷ますという効があります。ですので、気の滞りが強く熱を持ち始めている時等に使用します。
次の見出しでは、臨床でよく行われる気滞の治療について、ご紹介します。
気滞の治療
気滞の治療は、他の様々な病態と兼ねる事も多く、+αを考える事が大事になります。
つまり、気滞という病態の他に、胃腸の状態、瘀血との兼ね合い、温病との兼ね合い、肝熱との兼ね合い等も考慮に入れながら証決定をする必要があるという事になります。
以下に、よく使われる気滞の治療処方を挙げ、使用目標についてご紹介していきます。
よく使われる理気剤には、以下の様なものもあります。
ポイント
香蘇散
川芎茶調散
芎帰調血飲
香砂六君子湯加減
正理湯
加味逍遥散
女神散
それぞれご紹介していきます。
香蘇散
香蘇散は、その処方中に香附子、蘇葉、陳皮等の香気性の高い生薬がメインで配され、理気剤の代表になります。
香蘇散の運用をマスターしてしまえば、後の理気剤の使用方法もその応用で使う事が出来ます。
その効果は「気分を晴れやかにさせる」というものになります。
緊張しやすい訳でもなく、逆上せている訳でもなく、不安が強い訳ではなく、何となく気分が優れない、狭い場所が嫌、等の所見が有れば香蘇散の使用を考えてみると良いでしょう。
瀉剤の部類とは言え、理気剤は身体への負担が少なく、虚状がそこまで強く無ければ使用しやすいのが特色です。最低限、食欲があれば大丈夫でしょう。
香蘇散については、以下の記事にて詳しくご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:70番】香蘇散(こうそさん)の効果や副作用の解りやすい説明
川芎茶調散
川芎茶調散は、茶葉(緑茶)や薄荷が入った、頭痛がするほどきつい気の滞りがある場合に使用します。
この処方のポイントは、気滞であっても、風邪(ふうじゃ)であっても気を晴らして治すことが出来るという点です。
処方構成的には、温病の治療にも使用出来ます。
漢方医学では、この様に邪の性質が違えど同じ処方で治す事が出来る場合があり、異病同治(いびょうどうち)と言います。
香蘇散を基準に考えると「香蘇散よりキツい気の滞りがある場合に使用する処方」と考えておけば間違いないでしょう。
川芎茶調散については、以下の記事にて詳しくご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:124番】川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)の効果や副作用の解りやすい説明
芎帰調血飲
芎帰調血飲は、香附子や牡丹皮を含む「理気と駆瘀血を兼ねた処方」になります。
主に産後の不調に使うとされています。
しかし、構成生薬を見てみますと瘀血と気滞の所見(舌下静脈の怒張、唇が紫色、下腹部のしこり等、頭がボーッとする、気分が晴れない等)があれば使用して問題ない処方です。
勿論、血を動かす処方は身体に負担がかかりますので、身体内部の冷えが無いか、または食欲があるかどうかで使用の可否を判断します。
芎帰調血飲については、以下の記事にて詳しくご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:230番】芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)の効果や副作用の解りやすい説明
香砂六君子湯加減
香砂六君子湯という、胃腸風邪に使う処方があります。香蘇散と六君子湯を合わせると、この処方に近づきます。
身体の線が細く、食欲はあまりなく、春の陽気で頭がボーッとなり、口の中が渇いて苦みがあるものによく合います。
春の風邪に対する処方として良いでしょう。
【漢方:43番】六君子湯(りっくんしとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:70番】香蘇散(こうそさん)の効果や副作用の解りやすい説明
正理湯
正理湯(しょうりとう)という処方は、恐らく聞かれた事は無いと思います。韓国の処方で、丁度、香砂六君子湯加減の食欲があるバージョンになります。
正理湯は、香蘇散と茯苓飲合半夏厚朴湯を合わせると出来ます。
香砂六君子湯加減と同じく、春の風邪に使用する隠れた名方になります。よく喋る方で、喉が詰まり、固い顔つきで、気滞の症状がある方にお勧めです。
【漢方:116番】茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう)の効果や副作用の解りやすい説明
【漢方:70番】香蘇散(こうそさん)の効果や副作用の解りやすい説明
加味逍遥散
加味逍遥散は肝鬱の処方として有名です。しかし、処方中に薄荷を含み、気分をさっぱりさせる効があります。
理気薬として覚える必要はありませんが、その様な効果もあるという事を覚えておくと役に立ちます。
加味逍遥散については、以下の記事にて詳しくご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:24番】加味逍遥散(かみしょうようさん)の効果や副作用の解りやすい説明
女神散
女神散は女性の血の道症の薬、というのが今の使われ方ですが、元々は武士が刀傷を受けた時等、気が狂っている時に使用された薬と伝わっています。
この場合、気滞というより気逆ですが、結局の所、理気薬で何とかなる事が多いです。
気滞、逆上せ等があり、瘀血がある場合によく合う処方と言えます。
女神散については、以下の記事にて詳しくご紹介しています。どうぞご覧ください。
【漢方:67番】女神散(にょしんさん)の効果や副作用の解りやすい説明
さいごに
今回は、気滞の治療である理気についてご紹介しました。
漢方医学独特である気の概念は、捉えどころの無い反面、使い勝手が良いものです。
その、「何となく」という部分を感覚で捉え、何とか表現して治療しようと古代の医家の先生は試行錯誤を繰り返したのでしょう。
色々と書きましたが、最初は簡単に「気分の変調があれば気滞を疑う」位でも良いです。まずは使ってみて、感覚で捉えて頂くのが一番です。
本記事が、皆様の漢方学習の助けになる事が出来たら幸いです。
臨床寄りの漢方資料
実践向きの良い本を私も探しているのですが、特に初心者向けとなると中々ありません。中には「初心者向け」を謳っている本もあるのですが、私はちょっとお勧めできません。
現代語で総合的かつ実践向きのとなると、高いですけど「漢方診療三十年」「臨床応用 漢方処方解説」位でしょうか。この2冊は、臨床をする上で道しるべになってくれる本です。
後は、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、私の編集した「漢方服薬指導ハンドブック」や本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご活用頂くという手もあります。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
【サンプル有】漢方服薬指導ハンドブックのご紹介
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は、下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
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それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。