ポイント
この記事では、甘麦大棗湯についての次の事が解ります。
・患者さんへの説明方法、副作用や注意点
・出典(条文)、生薬構成
・詳しい解説、他処方との鑑別
「名古屋漢方.com」のムセキです。
本記事は、甘麦大棗湯についての解説記事になります。
最初に患者さんへの説明例、その後に詳しい処方解説を載せています。日々の業務で使う資料として、ご活用頂ければ幸いです。
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<急ぎの方用>患者さんお客さんへの説明
一般的な説明
今日は、甘麦大棗湯という漢方薬が出ています。このお薬は、不眠や気持ちが不安定な時によく使われるお薬です。
今日はどのような症状で受診されましたか?
○○という症状ですね。お困りの症状に、先生はこれが良いと考えられたようです。このお薬は、気分をリラックスさせてくれますので、一度、試してみてください。
寝る前はあまり眼を使わず、早めに寝床に入って休みましょう。
漢方医処方の場合の説明
今日は、甘麦大棗湯という漢方薬が出ています。このお薬は、不眠や気持ちが不安定な時によく使われるお薬です。小児の夜泣きや、昔はヒステリーによく使われていました。
今日はどのような症状で受診されましたか?
○○という症状ですね。お困りの症状に、先生はこれが良いと考えられたようです。このお薬は、気分をリラックスさせてよく眠れるようにしてくれますので、一度、試してみてください。
寝る前はあまりテレビや本を見ず、ストレッチをして筋肉を和らげておくとよく眠れます。このお薬の効果が上がりますのでお試しください。
主な注意点、副作用等
偽アルドステロン症
添付文書(ツムラ72番)
ツムラ甘麦大棗湯(外部リンク)
甘麦大棗湯についての漢方医学的説明
生薬構成
甘草5、小麦20、大棗6
出典
金匱要略
条文(書き下し)
「婦人臓躁(ふじんぞうそう)、喜悲傷(きひしょう)し、哭(こく)せんと欲し、象神霊(かたちしんれい)の作(な)す所のごとく、数欠伸(かずあくび)するは、甘麦大棗湯これを主る。」
条文(現代語訳)
「婦人臓(子宮)が騒ぎ、ヒステリー症状が出、泣き叫び、まるで神霊に取りつかれた様になり、あくびが多い場合は、甘麦大棗湯で治る。」
解説
今日は、甘麦大棗湯についての解説になります。本処方は、一般的にはヒステリーや小児の夜泣きに使われています。
しかし、その機序について一般的には不明点が多いとされ、「何故効くのか解らない。」と仰られる先生も多い処方となります。
それでは、最初に条文を見ていきます。条文は、金匱要略からの出典で、要約しますと「憑き物の様なヒステリー症状(狂喜、泣き喚く、自傷行為)やあくびのある者に使う。」になります。
この条文の問題点は、婦人臓躁(ふじんぞうそう)の訳にあります。この「婦人臓躁」ですが、私が見た成書では、すべて「婦人の臓躁(ぞうそう)」となっています。
これでは意味が取れない為に、本来の効能を論じる事ができません。私は、これを「婦人臓」と「躁」に分けて訳しています。
つまり、婦人臓というのは子宮の事で、その子宮が躁(騒ぐ事)でヒステリー症状が出るという意味に取っています。
この様な訳に至ったのは、ヒステリーという言葉の語源がギリシャ語の「hustéra(子宮)」から来ているというのが理由になります。西洋医学でも、古代は子宮の異常と見ていた訳です。
また、私の漢方の先生から教えていただいたのですが、甘麦大棗湯の腹証には「左腹直筋の緊張」という所見があります。
私が甘麦大棗湯証になった時に触ってみた所、左腹直筋だけが突っ張っていたので自分自身で確認済です。
古代の医師は、女性に多かったヒステリー症状を診た際にこの左腹直筋の緊張を確認し、そこから「子宮の異常がある(位置のズレ)」と判断したのだろうと考えられます。
ヒステリーの原因が、東西のそれぞれの医学で同じ原因とされていたのは僥倖でした。
次に、構成生薬を見ていきます。構成生薬は、グループ分けしますと、
緩和・分散:甘草、大棗
補心気:小麦
益気:甘草、大棗
の様になっています。ポイントは、これら3種の生薬全てが高用量で配されている所です。
とにかく、甘草と大棗で結ぼれた気を緩和し分散させ、散らすような働きの処方になります。また、小麦は心気を補います。
さて、この甘麦大棗湯について条文と構成生薬から総合的に考えていきます。条文を読むと解るのですが、本処方は「泣き喚く」等の激烈なヒステリー症状に対する処方となります。
また、あくびが多い所から、呼吸を主る肺の機能異常がある事が解ります。
あくびが多いという事は酸素分圧の低下が起こっており、呼吸が浅くなっているものと考えられます。言い換えますと、何かしらの原因(ストレスの邪気)で肺の陰陽失調が起こっている訳です。
さらに、構成生薬中の小麦は心気を補いますので、病態としては心気虚の所見となります。
以上の特徴を踏まえた上で、「肺は悲しみ、心は喜びを主る」という五行の観点を眺めてみると、甘麦大棗湯証は「肺気実(悲しみの実)かつ心気虚(喜びの虚)が起こっており、五行相関では金侮火(きんぶか)が起こっている。」事が解ります。
甘麦大棗湯は、その肺に結ぼれた邪気を和らげ分散して排出し、心気を補い、金侮火という状態を解消します。つまり、瀉剤として働く事になります。
具体的には、肺に結ぼれた邪気を排出させるのが主効能で、益気と補心気がそれを助ける形となっています。
以上をまとめますと、甘麦大棗湯は「肺に詰まった悲しみの邪気を緩和分散させて排出し、同時に心気を補い益気させる事でそれを助ける処方。」になります。
私の漢方の先生は、「心に雨が降った時の処方」と表現されています。また、本処方は、条文より「神霊の憑き物」にも使用でき、私は先生より「お祓いの薬」とも習いました。
ですので、ポルターガイスト現象や幽霊現象等の相談、お盆や彼岸前後の不調にも使われていました。
また、東北の大震災の後にも不安を和らげる為によく使われていました。
身体を温める真武湯との相性も良いですので、合方として使用する事が多かったと記憶しています。この合方は、先ほどお話した幽霊関連の問題に著効しています。
【漢方:30番】真武湯(しんぶとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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鑑別
甘麦大棗湯と他処方との鑑別ですが、代表的なものに帰脾湯、苓桂甘棗湯、抑肝散があります。それぞれについて解説していきます。
帰脾湯
帰脾湯と甘麦大棗湯はその所見が非常に似ており、鑑別対象となります。帰脾湯も心気虚に対する処方で、その名前の由来の通り、脾虚が原因となります。
つまり、甘麦大棗湯は悲しみの邪気が肺と心を侵しているのに対し、逆に帰脾湯は心気自体が虚しているという事になります。
鑑別方法ですが、甘麦大棗湯の方が帰脾湯より症状が激烈で、「泣いてしまう」「何か過去に不安になる出来事があった」「あくびが出る」等の特徴的な所見が存在します。
また、腹証を診られるようでしたら左腹直筋の緊張があります。
帰脾湯は、その様な何かに対する特定の不安要素等は無く、「不眠がち」「全般的に精神虚弱」「やせ細っている」「目に力が無い」等の所見があります。
【漢方:65番】帰脾湯(きひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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苓桂甘棗湯
医療用漢方製剤にはありませんが、苓桂甘棗湯という処方があります。
この処方の構成生薬は茯苓、桂枝、甘草、大棗となっており、医療用漢方製剤で代用すると苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯となり、近似した効果が出てきます。
苓桂甘棗湯と甘麦大棗湯の鑑別ですが、苓桂甘棗湯の桂枝は気の上衝を緩和します。ですので、その証の所見は頬の赤みがあります。
また、その条文には「奔豚病(ほんとんびょう:豚が走る病)」の治療薬として出てきます。奔豚病とは、不安や緊張が強く、人前で頭が真っ白になる等の症状を言います。
ピアノの発表会、人前でのスピーチ、面接試験等、緊張のあまりソワソワして叫びたくなる、走り出したくなる事を想像して頂ければその感覚が解るかと思います。
ですので、「頬が赤く、甘麦大棗湯より強度の緊張がある場合は苓桂甘棗湯。」というのが鑑別ポイントとなります。
【漢方:39番】苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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抑肝散
抑肝散と甘麦大棗湯は、証を見間違える事が多く、また、腹証も似ている為鑑別対象となります。
甘麦大棗湯の条文はヒステリー症状に対するものになりますが、その症状の出方が激烈になる場合もあり、一見、抑肝散証だと見えてしまいます。
私の漢方の先生に教えて頂いた腹証で、甘麦大棗湯には「左腹直筋の緊張」があります。
抑肝散証にも、同じ様に「左腹直筋の緊張」があり、更に柴胡証の特徴的な所見である胸脇苦満があります。
この2つがあれば抑肝散証、左腹直筋の緊張だけあれば甘麦大棗湯とされていました。また、抑肝散の方が鋭い目つきや融通が効かない、等の所見が強く出ます。
更に、場合によっては両証の併病で、両方を同時に使う場合も経験しています(私が証決定した例にもあります。)
「不安も強く、また、融通が効かない所もある。」という場合に、よく2つを合わせて著効を得ました。
続きを見る【漢方:54番】抑肝散(よくかんさん)の効果や副作用の解りやすい説明
お読み頂きありがとうございます。
以上です。少しでも参考になれば幸いです。以下より、他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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