ブログ「名古屋漢方」管理人の、ムセキ(@nagoyakampo)です。
本業は薬剤師で、漢方医学を専門にしています。
今日は、胆の治療について、詳しくご紹介します。
「胆というと肝胆で一括りにされる事が多いけど、そういえばよく解らないです。」
って思っていらっしゃる方、お見えだと思います。
正直な所、胆に関して詳しく書かれている書籍は皆無で、方剤解説も間違っていると思われるものも多いのが現状です。
その辺りについて、実際に目の前でお伝えするのが一番ですが、そうもいかないのでブログ記事でポイントをお伝えする事にしました。
今回の記事では、胆の漢方医学的生理や病態を出しながら、処方の注意点、使い方等を詳しくご紹介していきます。
本記事は、以下の構成になっています。
胆とは何か
胆の治療ポイント
胆の治療における注意点
胆の治療の種類
胆の治療に使う生薬
さいごに
胆の病態や処方については、どう説明をしても漢方の中級者以上の知識が必要です。
ですので、初学の方は後回しにして他のカテゴリーから勉強していただいた方が良いでしょう。
しかし、胆の生理や病態のポイントを理解して運用が出来ると、安全性や治療効果を上げる事が出来ます。
もし出来そうなら、是非トライしてみてください。
それでは、宜しくお願い致します。
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胆とは何か
胆は臓腑でいうと腑に分類されます。つまり、中が中空で実の病態が出やすい部分になります。
しかし、肝は半表半裏という表裏虚実が中途半端な位置にあるため、そのグループである胆も同じように気血の不足の病態も存在します。
概ねは西洋医学の胆嚢の理解で良いのですが、漢方医学においては精神的な働きとして「決断力を司る」部分とされています。
そしてその病態は、どこまで行っても「決断力の異常」として表れます。
しかし、その「決断力の異常」というものは、それが目に見えない異常の為、他の病態と混同されて解り辛くなっています。
成書においても、正しく記載されているものは皆無であり、その処方運用においても間違った記載になっているものが大半です。
胆の治療ポイントはその病態を正しく理解する事になります。
ですので、下の段で、胆の病態を整理していきます。
胆の治療ポイント
漢方医学における胆とは一体何でしょうか。単純に「決断力を司る」とは言っても、具体的にはどういう事でしょうか。
成書に答えはありませんが、それを見つける手段は他にもあります。その手段の一つとして、昔から使われていることわざや故事について調べていく事とします。
胆を扱った言葉
胆を扱った言葉としては、以下のものが有名です。
胆っ玉
胆がすわる
大胆
胆試し
それぞれ解説していきます。
胆っ玉&胆がすわる&大胆
上3つは同じ意味ですね。主に「自身の周りの大変な状況に動じず、正しく落ち着いて判断出来る。」といった意味で良いでしょう。
これらの語源は諸説あるようですが、私が確認した中では「胆斗の如し」というものが最古でした。三国志時代の蜀の故事が元になります。
胆が大きい事がそのまま「決断力がある」とされています。
しかし、最近の国語辞典等では、胆である所が肝になっていたりし、しかもそれがどちらでも良いという事になっています。
単にことわざや慣用句の運用だけならそれでも構いませんが、漢方処方の運用が絡むと、それでは不都合が生じる為運用を厳密に分ける必要があります。
胆試し
「胆がすわっているか」を試す、夜に幽霊やお化けが出るとされるルートを通る催しですね。
これも、国語辞典では肝でも良いとされています。しかし、肝と胆は別々に分けられる臓腑ですので、言葉の運用も厳密に分けていかなければいけません。
漢方医学での肝と胆の比較
上の「胆を扱った言葉」より解る通り、故事やことわざ等では胆と肝を同じものとして扱われていますが、実際は違います。
ここで、漢方医学における胆と肝の違いを考えていきます。
胆の特徴としては、「決断」を司る部位であるという事です。対して、肝は「某慮」を司る部位で、言い換えると「考える」という事になります。
この「決断」と「考える」の関係はどういったものでしょうか?その答えは、身近にあります。
私たちの日常生活において、考える場面を思い出してみて下さい。
「考える」という行為の後、「決める(決断する)」という作業をしていますよね。これが、「肝」と「胆」の関係です。
ちなみに、「考える」行為は考え過ぎるとイライラして怒りが湧いてきます。ここから、考える行為は「気が上がる」プロセスになっている事が解ります。
また、「決める」という行為はその後に身体が動いて決めた事を実行しようとします。
これは筋を動かす事になりますので、言い換えますと気を使うという事となり、「気を下げる」プロセスとなります。
ここまでの説明をまとめますと、肝と胆は、それぞれ前者が考えるという気を上げる働きをし、後者は決断という気を下げる働きを担っているという事になります。
胆の病証というのは、決断する力が下がって気を下げる働きが低下するという事になります。
そうしますとどうなるか?
ずっと納得せずに考え続けたり、それが進むと物事に対して決断できず考え続ける為に不眠となります。
胆の病証というのは、「(正しい)決断できなくなる」という事で、これが根底にあります。上辺の症状がどうであれ、胆の病態はこれに収束します。
出ている症状の原因が胆の機能不全であるならば、決断力の異常という症状が何処かに出てくるはずです。
ですので、本当に胆の病かどうかを鑑別し、正しく使うという事が重要になります。
胆の治療における注意点
胆の機能不全で起こる「決断出来ない」という症状ですが、これは目に見えるものではない為、恐れや驚き、パニック等の症状と混同してしまう可能性があります。
胆が動かない場合、肝が相対的に優位となり、考え続ける、イライラ、納得がいかずずっと一つの事に拘るといった症状が出てきます。
それが、例えば恐れの場合は「裏寒」まで陥る可能性があり、その場合には附子理中湯や真武湯等を使います。
また、パニックの場合は肺気実による金侮火が起こる甘麦大棗湯証になる場合もあります(肺に邪気が溜まって、肺の憂(悲)という感情が心の喜を隠してしまう状態)。
現在での「肝試し」というと、上記の様な胆の病証ではなく裏寒や甘麦大棗湯証を引き起こすという意味で使われる事が多いのではないでしょうか。
また、不眠の場合は人参養栄湯や帰脾湯の様な心気虚や柴胡加竜骨牡蛎湯証の様な肝熱を伴うものもありますので、その辺りとの鑑別も必要です。
下記の各カテゴリーの記事に各症状や病態等が詳しく記載されていますので、そちらをご覧ください。
漢方入門。臨床第一歩目は身体内部の冷え(裏寒)の解消方法を学ぼう!
心気虚・心血虚の治療について
肝熱の治療について
胆の治療の種類
胆の病態
胆の病態としては、胆の冷え、肝血虚を伴う胆気の虚、胆の実熱があります。また、決断力が無くなり考え続けるという事は、胃腸の通りも悪くなるという事を意味しています。
処方解説の前に、先にそれらをそれぞれ解説していきます。
胆の冷え
よく「胆が冷えた」という表現をします。何か予想外の出来事があり、それが原因で驚いてしまい正常な判断が下せなくなる状態です。
病態は、胆の気が虚して冷えてしまうという事になります。
ですが、胆の気は虚しても、肝気は残っている訳です。ここがポイントになります。
古人は、何があっても良いように、刀や十手、棒等の武器を常に持ち歩いていました。ですので、何か予想外の出来事があっても、何かしらの対処方法が有る訳です。
対処方法があるという事は、それをどう使うか考えないといけないという事になります。その時、決断力が鈍ってしまう、その事を「胆が冷える」と表現しました。
落語の猫久という作品がありますが、この中で妻が夫に刀を渡すシーンがあります。夫が怒り狂って慌てている時に、冷静に妻が対処している様が描かれています。
「胆が冷える」という事は、その「冷静な対処」が出来なくなるという事になります。
怒りではなくても、実際に患者さんがずっと納得せずに考え続けている事があれば、胆の冷えを疑ってみても良いでしょう(考えるという事も、怒りも同じく肝の管轄の為、異常な)。
胆が冷えた場合、主に「温胆(うんたん)」と呼ばれる治療を行います。文字通り、胆を温めて決断力を回復させる処方となります。
肝血虚を伴う胆気の虚
変な書き方になってしまいましたが、「肝血虚を伴う胆気の虚」についてお話します。
そもそも、胆という部位は中空の腑です。ですので、血の虚というのはあまり考えなくてもいいはずなのですが、その親である肝は血を蔵する臓ですので血虚という病態が存在します。
そうしますと、胆も虚状が現れ機能不全を起こします。これが胆気虚と表現されます。
この場合、疲れこんで肝血が虚し、胆気も虚すため、考える力と決断力両方の低下が起こります。
ですので、症状としては「色々と案件が思い浮かぶけれど、疲れて考えようとしても頭が働かず、かといって目が冴えてしまい眠れない。」という感じになります。
この時に酸棗仁湯を使います。ちなみに、酸棗仁はこの場合炒るのが基本となります。
この病態は症状が心気虚と似ているので、人参養栄湯や帰脾湯との鑑別が必要となります。
心配事や神経の細さ等といった心気虚の症状があるかどうかがそのポイントとなります。酸棗仁湯証には、その様な症状が無いのが特徴です。
また、肝血虚で胆気虚がある状態で、胆の虚熱が存在する場合、惰眠という症状に変化します。吉益東堂先生は、その場合に酸棗仁を生で使用しています。
肝血が虚し、胆気も虚していますが、動きは肝<胆となっているため逆に寝すぎてしまうという病態になるものと考えられます。
胆の実熱
胆という部位は、その親の臓の影響を直接受ける腑です。肝という臓は半表半裏という中途半端な位置にあり、その主る精神状態は某慮や怒です。
そして、それらの精神状態は、邪熱と気の詰まりを引き起こしやすくなります。
親がそんな感じになるので、胆はその熱を胆汁として下行処理する手前、熱を帯びやすい部位になります。簡単に言いますと、胆に湿熱が溜まりやすくなるという事です。
そうしますと、決断する事は出来るのですが、ミスが出やすくなります。「中正の官」が中正ではなくなる訳です。判断ミスが出やすいという事になります。
肝気というのは基本的に怒りの気でありますので、それらが肝血と結びつき変性し胆汁という形で胆から腸へ排出されます。
その部分が熱を持って湿熱となり詰まる訳です。
その場合、要は詰まっているのだから、胆を通して湿熱を排出しれやればよく、それが「利胆」という治療法になります。
ちなみに肝は解毒の臓でもありますので、疎肝や瀉肝の剤のみならず利胆剤は解毒剤とも言われます。主に、竜胆、熊胆等がそれにあたります。
また、茵陳蒿も湿熱を除きますが、それは茵陳蒿が太陽膀胱経に入り胆の働きを活性化させた結果となりますので、ここでは取り上げません。
胃腸の通りが悪くなる
胆の機能不全を起こすと、胃腸の通りが悪くなります。どういうことか、ご説明します。
胃腸は、口から肛門まで一つの管となり、基本的に下向きのベクトルで気が流れています。胆の機能不全は、上でお話した通り気が下がりにくくなります。
また、胆は肝のグループであり、それらの異常は胃腸の働きを抑制する方向(相克)に働きます。
その為、胃腸に障害が出ている病態の胆関連処方には、胃腸の気を流す理気剤や去痰剤除湿剤が配される事があります。
気が下がりやすくなれば、決断しやすくなり胆の働きも良くなります。
胆の治療に使う生薬
胆の治療に使う生薬は、肝血を補いながら胆気を補う酸棗仁、利胆作用のある竜胆や熊胆があります。
それぞれ解説していきます。
酸棗仁
酸棗仁は、そのまま「酸っぱい棗(なつめ)の仁(タネ)」です。その味の酸は肝胆に入り、肝血と胆気を補います。
不眠の場合は胆の冷えを改善する目的で炒って使いますが、惰眠の場合は胆の熱がある為生のままで用いられます。
ちなみに、気の不足で起こる病態であっても、冷える場合もあれば熱になる場合もあります。前者の場合は虚寒、後者の場合は虚熱と言います。
酸棗仁を炒って使う場合は虚寒に対する使い方、逆に生のまま用いる場合は虚熱に対する使い方という訳です。
竜胆
竜胆は「肝熱の治療について」という記事にて生薬解説をしています。そちらがメインではありますが、竜胆の効能には胆が絡む為、ここでも少しだけ触れます。
竜胆という生薬は、肝気過多の際に使う処方です。つまり、肝気が多いので捨てる必要がある場合に使用する生薬です。
過多である肝気は、湿熱の形で下に沈降します。そして、それらは胆から消化管へ排出されます。
竜胆は、肝→胆→消化管への湿熱の排泄を促進し、肝熱を瀉す生薬となります。しかし、この生薬は基本的に肝がメインで効いてきます。
ですので、胆への作用は「オプションの様な作用」と考えて頂ければ幸いです。
熊胆
熊胆は、どちらかというと漢方ではなく民間薬として有名です。
利胆作用があり、医療用医薬品としてよく使われているウルソデオキシコール酸の起源でもあります。
利胆作用とは、そのまま胆汁の通りを良くするという事です。その結果、肝胆の詰まりを取って胃腸の働きを向上させます。
漢方医学的な作用は、主として肝胆の熱を瀉すというもので、竜胆と似通っています。しかし、利胆作用が強い事もあり、どちらかというと胆経の生薬と私は考えています。
胆の治療
実際に臨床で胆の治療を行う際、以下の処方が主に日本では使われます。
竹筎温胆湯
温胆湯
酸棗仁湯
竜胆瀉肝湯
熊胆圓
それぞれご紹介していきます。
竹筎温胆湯
医療用漢方エキス製剤で、胆の虚に対する処方はこれだけです。胆の虚で、肝に熱がある場合に使用します。
相対的に胆<肝の状態になっていて、答えを聞いても納得せずに考え続けるという反応を示す方に合います。
柴胡が入る為、胸脇苦満必発で、目つきも鋭い方が対象になります。
また、竹筎温胆湯もそうですが、温胆湯の中には胆を温める生薬は入っていません。経絡的に、胃腸の熱を取る事で気が下に下がり、胆の気を回復させる作用があります。
この辺りは、以下の記事に書いてありますので、ご参考下さい。
【漢方:91番】竹筎温胆湯(ちくじょうんたんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
温胆湯
胃腸の詰まりがあり、精神的にも物事の受け入れが出来ていない方に使用します。
胃は意なりという漢方の言葉があります。枳実や竹筎という生薬は、胃の熱や気の塊を取り去り、下に流す作用があります。
胃は受容する作用があり、この機能が復活するに従い、胆の決断という機能も復活します。
温胆湯には柴胡が含まれない為、目つきが鋭い、胸脇苦満といった竹筎温胆湯に現れる所見はありません。ここが鑑別ポイントとなります。
酸棗仁湯
酸棗仁湯は、不眠の処方としてよく使われます。
上の生薬解説でもお話した通り、肝血を補い胆気を養い、眠りやすくします。
肝血が足りないという事は、相対的に肝の気が有余となり、肝のグループである目が冴えてしまうという事になります。それを改善する処方でもあります。
心虚等、他の病態とも鑑別が必要な処方でもあります。酸棗仁湯証は、疲れこんでいても気疲れが無いのが特徴です。
気疲れ等の心虚の所見があれば、人参養栄湯や帰脾湯等も検討しましょう。
酸棗仁湯の詳しい解説は、以下の記事をご覧ください。
【漢方:103番】酸棗仁湯(さんそうにんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
竜胆瀉肝湯
竜胆瀉肝湯は、肝気過多の処方としてよく使用されます。文字通り、肝気が多すぎる場合に、それを取り除く処方です。
肝気過多の場合、それが湿熱として下行し邪気となります。それを排出する部位が胆となります。竜胆瀉肝湯は、その胆からの排出も促進します。
基本的に、肝への作用が強いのですが、補助的に胆の気血の流れもよくするという事をご承知おき下さい。
竜胆瀉肝湯の詳しい解説は、以下の記事をご覧ください。
【漢方:76番】竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)の効果や副作用の解りやすい説明
熊胆圓
熊胆圓(ゆうたんえん)は、日本の民間薬で、胃腸薬として各社から発売されています。
昔から高貴薬として有名な熊胆を使用しており、最近では熊胆が手に入りにくい為、牛の胆を使用しています。
熊胆圓の構成は、黄連、黄柏、センブリ、鬱金(うこん)、アカメガシワ、熊胆(牛胆)、ゲンチアナ、大黄、アロエ等です。
胃腸薬とは言っても、生薬をざっと見てみると苦みのあるものが多く、利胆作用がある解毒収斂作用がメインとなっている事が解ります。
正直、単純に毒取りと思っても良いと考えています。また、大黄が入っている為、裏寒や脾虚に注意が必要です。
さいごに
胆の生理と病態は漢方医学的にしっかりと定まっている訳では無く、まだまだ不明点が多い部位でもあります。
今回の記事は、成書等にも詳しく載っていない部分が多数あり、私の経験と生薬の効能から考えられる考察も多く含まれています。
ですので、現時点での私の書ける最高の記事を書いています。
本記事が、皆様の漢方学習の助けになる事が出来たら幸いです。
臨床寄りの漢方資料
実践向きの良い本を私も探しているのですが、特に初心者向けとなると中々ありません。中には「初心者向け」を謳っている本もあるのですが、私はちょっとお勧めできません。
現代語で総合的かつ実践向きのとなると、高いですけど「漢方診療三十年」「臨床応用 漢方処方解説」位でしょうか。この2冊は、臨床をする上で道しるべになってくれる本です。
後は、手前味噌ですが、私のnoteがお役に立てるのではないかなと思います。それぞれ「心構え」と「ドラッグストアでの漢方の選び方」についての内容です。
調剤に従事される薬剤師の方でしたら、私の編集した「漢方服薬指導ハンドブック」や本ブログに服薬指導用のデータベースもありますので、そちらもご活用頂くという手もあります。
「説明しか出来ない」と思われるかもしれませんが、条文や生薬の薬効をじっくりと押さえながら読み込む事で、また趣深い勉強が出来ます。
【サンプル有】漢方服薬指導ハンドブックのご紹介
「漢方薬の効果や副作用の解りやすい説明」データベース
また、漢方の勉強の仕方は、下記の記事にて詳しくご紹介しています。本記事と併せてお読み頂けると幸いです。
漢方の勉強方法について
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それではまた!ムセキ(@nagoyakampo)でした。