ポイント
この記事では、人参養栄湯についての次の事が解ります。
・患者さんへの説明方法、副作用や注意点
・出典(条文)、生薬構成
・詳しい解説、他処方との鑑別
「名古屋漢方.com」のムセキです。
本記事は、人参養栄湯についての解説記事になります。
最初に患者さんへの説明例、その後に詳しい処方解説を載せています。日々の業務で使う資料として、ご活用頂ければ幸いです。
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<急ぎの方用>患者さんお客さんへの説明
一般的な説明
今日は、人参養栄湯という漢方薬が出ています。このお薬は、疲れこんで身体がだるく、気分も良く無くて眠りにくくて、という場合によく使われるお薬です。
今日はどのような症状で受診されましたか?
○○という症状ですね。お困りの症状に、先生はこれが良いと考えられたようです。このお薬は、気力体力をつけて、気分も改善してくれますので、一度、試してみてください。
身体が冷えたり、食欲が無くなりますと効き難くなりますので、体調には充分にお気をつけ下さい。
漢方医処方の場合の説明
今日は、人参養栄湯という漢方薬が出ています。このお薬は、疲れこんで身体がだるく、気分も良く無くて眠りにくくて、という場合によく使われるお薬です。
最近では、介護とかで床ずれにも使われたり、アトピー等に使う事もあります。
今日はどのような症状で受診されましたか?
○○という症状ですね。お困りの症状に、先生はこれが良いと考えられたようです。このお薬は、気力体力をつけて、気分も改善してくれますので、一度、試してみてください。
もし不眠気味なら、よく寝られるようになったりします。
身体が冷えたり、食欲が無くなりますと効き難くなりますので、体調には充分にお気をつけ下さい。
主な注意点、副作用等
アナフィラキシー
偽アルドステロン症
肝機能障害、黄疸
過敏症(発疹、発赤、そう痒、蕁麻疹等)
消化器 (食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等)
添付文書(ツムラ108番)
ツムラ人参養栄湯(外部リンク)
人参養栄湯についての漢方医学的説明
生薬構成
地黄4、当帰4、白朮4、茯苓4、人参3、桂皮2.5、遠志2、芍薬2、陳皮2、 黄耆1.5、甘草1、五味子1
出典
和剤局方
条文(書き下し)
「積労虚損(せきろうきょそん:疲労が積み重なり気血の虚を生じる)にて四肢沈滞(ししちんたい:手足が重く沈み)、骨肉酸疼(こつにくさんとう:骨や筋が痛み)、吸吸(きゅうきゅう:息を吸うばかりで)として気少なく、行動喘啜(こうどうぜんせつ:あえいですすり泣く)、小腹拘急(しょうふくこうきゅう:下腹部がつっぱり)、腰背強痛(ようはいきょうつう:腰や背中が強く痛み)、心虚驚悸(しんきょきょうき:心が虚して驚きやすくなり)、咽乾き唇燥き、飲食 味無く、陰陽衰弱、悲憂惨戚(ひゆうさんせき:非常に心配症で悲しみ安く)、多臥少起(たがしょうき:いつも寝ていてあまり起きず)、久しきものは積年、急なるもの は百日、漸く(ようやく:少しずつ)(痩削そうさく:瘦せ衰える)に至り、五蔵の気竭(つ:尽)きて、振復(しんふく:回復)すべきこと難きを治す。また、肺と大腸がともに虚し、咳嗽下利(ぜんがいげり:咳が出て下痢をし)、喘乏少気(ぜんぼうしょうき:ゼイゼイと呼吸が浅く)、痰涎(たんだ:痰やよだれ)を嘔吐するを治す。」
条文(現代語訳)
「疲労が積み重なり気血の虚を生じ、手足が重く沈み、骨や筋が痛み、息を吸うばかりで呼吸が浅く、よくあえいですすり泣き、下腹部がつっぱり、腰や背中が強く痛み、心が虚して驚きやすくなり、咽が乾いて唇が乾き、飲食の味は無く、陰陽共に衰弱して、非常に心配症で悲しみ安く、いつも寝ていてあまり起きず、長いものでは年単位、急なものでも百日、少しずつ弱って痩せて、五蔵の気が尽きて、回復が難しいものを治す。また、肺と大腸がともに虚し、咳が出て下痢をし、ゼイゼイと呼吸が浅く、痰やよだれを吐くものを治す。」
解説
今回は、人参養栄湯の処方解説になります。この処方は、一般的に強い咳に使われています。
それでは、まずは条文を見ていきます。
条文は和剤局方が出典で長々と書かれていますが、要約しますと「全身の虚状があり、疲れて手足がだるく、全身に痛みが走り、精神不安があり、粘膜が渇き、呼吸が浅く、咳をしやすく、下痢もあって痰や涎が出るもの。」という事です。
短くしてもまだ長いのですが、もっと簡単にざっくり言いますと「気血両虚と心気虚」になります。
和剤局方の文章はどの処方も長いのが特徴で、枝葉の症状まで細かく書かれています。ですので、幹の部分を取り出してざっくりと捉える事が大切になります。
次に、構成生薬を見ていきます。構成生薬は、それぞれ
補血(四物湯由来):地黄、当帰、芍薬
補気(四君子湯由来):白朮、茯苓、人参、甘草
健胃:陳皮
補肺気:黄耆、五味子
腎気を心まで到達させる:遠志
表の気を補い経を巡らせる:桂皮
の様になります。
構成生薬を分類分けしますと解る通り、本処方は十全大補湯の派生処方となっています。
十全大補湯(地黄、当帰、川芎、白朮、茯苓、人参、桂皮、芍薬、黄耆、甘草)から川芎を除き、そこに陳皮と五味子と遠志を加えています。
川芎は、その効能が血に気を入れて走らせるものであり、その性質は散となります。
ですので、全身に気を散らす事になり、条文から読み取れる「心肺の気虚」とは相いれない為に削除されたものと考えられます。
加えられた3つの生薬に関しては、以下の表にまとめました。
健胃し気の生成を助ける、気を下げて呼吸を助ける:陳皮
肺気が散るのを防ぐ:五味子
志(こころざし:腎気)を心まで到達させる:遠志
ここでのポイントは遠志となります。遠志というのは「志を遠くまで到達させる」という意味で、ここでの志というのは、「物事を深く読み通す腎気」になります。
志を「何々になりたい」と読んでしまうとこの生薬がたちまち解らなくなりますので注意が必要です(芋づる的に帰脾湯や加味帰脾湯も解らなくなります)。
これらの3生薬は、全て上焦の心肺の気を補う処方となります。ですので、その所見には息切れや不眠、精神不安などが出てきます。
さて、ここで話を戻します。十全大補湯の派生処方と考えた場合、この人参養栄湯という処方は気血両補剤となります。
ですので、四物湯由来部分を消化できる力が脾胃に残ってないと駄目で、本来、病み上がりにいきなり使う処方ではありません。
病み上がりに使用する場合は、とにかく身体の中心を温める真武湯や人参湯、附子理中湯の様な処方をつかうべきです。
逆に、使用目標さえわかっていれば、本処方ほど現代人向きで使いやすい処方は無いと言えます。
十全大補湯と同じく気血両虚の所見(食欲あり、疲れこむ、皮膚の色艶が悪い、逆上せて頬が桜色)もほぼほぼ見られますので、間違う事が少ない処方になります。
健康な人が疲れこんで、息が上がって精神不安になっている場合によく合う処方で、私自身もよく飲みます。
以上、まとめますと、人参養栄湯は「気血両虚の所見(食欲あり、疲れこむ、皮膚の色艶が悪い、逆上せて頬が桜色)があり、呼吸が浅く、心配性で不眠等の心気虚所見がある方に合う処方。」と言えます。
また、本処方は最近、フレイルに伴う褥瘡(じょくそう)の治療でよく使われるようになりました。
気血両補剤で傷の治りが良くなりますので、確かに理に叶った処方だと言えます。
傷が治る過程で排毒もされますので、「気血の虚(身体の気力体力の不足)」の場合の排毒剤でもあります(「病邪の実」の排毒は排膿散及湯や十味敗毒湯等)。
十全大補湯より虚状が激しく精神不安がある場合によく合いますので、ご高齢の方によく合うのでしょう。
しかし、長く飲めるとは言っても何でもかんでも使える訳ではないので、条件を吟味する事は必須になります。
特に、著しい裏寒や脾虚の場合には不適となりますので、注意が必要です。
鑑別
人参養栄湯と他処方との鑑別ですが、代表的なものに十全大補湯、炙甘草湯、帰脾湯、甘麦大棗湯、排膿散及湯があります。それぞれについて解説していきます。
十全大補湯
人参養栄湯と十全大補湯は、同じ気血両補剤であり、鑑別対象となります。
十全大補湯と人参養栄湯は、共に和剤局方という書物からの出典であり、使い方も似ています。
この二つの処方の違いは、下記のようになります。
十全大補湯:川芎があり、陳皮、五味子、遠志が無い
人参養栄湯:川芎が無く、陳皮、五味子、遠志がある
この四つの生薬に関して言えば、丁度真逆の処方と言えます。これらの違いは、只一点「心の虚状の有無」となります。
細かい事を言えば、両者共に肺気の虚はありますので、違いを絞ると心の状態で鑑別するしかありません。
気血両虚の所見(食欲あり、疲れこむ、皮膚の色艶が悪い、逆上せて頬が桜色)があり、加えてて精神不安や不眠、息が上がっている等の症状があれば人参養栄湯、その所見が無ければ十全大補湯で良いでしょう。
【漢方:48番】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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炙甘草湯
人参養栄湯と炙甘草湯は、同じ気血両補剤であり、鑑別対象となります。
炙甘草湯は、疲れこんで肺が渇いて心熱が冷ませない場合に使用する処方となります。しかし、人参養栄湯の様に心虚の症状である精神不安や不眠が無いのが特徴です。
また、肺が乾燥していますので、唇や口腔乾燥が非常に目立ちます。また、顔の中心まで全体的に赤いのが特徴です。
人参養栄湯は、どちらかというと頬が桜色なので、その部分で鑑別します。
【漢方:64番】炙甘草湯(しゃかんぞうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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帰脾湯
人参養栄湯と帰脾湯は、共に心虚の処方であり、鑑別対象となります。
帰脾湯証と人参養栄湯は、共に心の虚状があり、精神不安や不眠といった症状が目立って出ています。
しかし、帰脾湯は当帰は含まれますが、どちらかというと脾虚に処方構成が偏っており、食が細いのが特徴です。顔色も白く、体格もほっそりしています。
人参養栄湯は気血両補なので、食欲があり、脾虚にしては身体には肉が付いています。また、桂皮がはいっておりますので、頬が桜色になります。
帰脾湯には桂皮が入りませんので、頬が桜色ではありません。
【漢方:65番】帰脾湯(きひとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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甘麦大棗湯
人参養栄湯と甘麦大棗湯は、症状が似通っている為、鑑別対象となります。
甘麦大棗湯も人参養栄湯も、精神不安や不眠が出てきます。ですので、実際の臨床上は証を間違えてしまう場合も多くあります。
甘麦大棗湯の場合は、その症状に悲しみが強く出、また、あくび等も出る場合が多いです。
甘麦大棗湯証の場合、その効能が肺を侵襲しているストレス邪気を祓うというものになりますので、改善する場合は一気に改善します。
逆に、人参養栄湯は悲しみは少ないのですが、考えられない、頭がボーッとする等の持続する症状がメインとなります。
また、甘麦大棗湯証には気血両虚の所見(食欲あり、疲れこむ、皮膚の色艶が悪い、逆上せて頬が桜色)はありませんので、その部分でも鑑別が可能となります。
【漢方:72番】甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)の効果や副作用の解りやすい説明
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排膿散及湯
人参養栄湯と排膿散及湯は、共に各種皮膚疾患に使用する処方であり、鑑別対象となります。
人参養栄湯は、気血両補の効がありますので、十全大補湯と同じく傷を治すという効果も出てきます。
その過程で排膿が起こる事があり、その視点から見た場合は排膿薬(排膿散及湯、十味敗毒湯)等との鑑別が必要となります。
これら排膿薬との鑑別ポイントは、虚実の違いにあります。排膿薬の場合、その適応は実であり、痛みや炎症等の症状が非常に強いのが特徴です。
逆に人参養栄湯の場合、傷や炎症が腫れておらず、逆に陥没した様な状態でいつまでも治らない場合(褥瘡、アトピー等)に合います。
気血両補を行う事で、患部の傷の修復を促進する働きがあります。その辺りで鑑別が可能です。
お読み頂きありがとうございます。
以上です。少しでも参考になれば幸いです。以下より、他の漢方記事が検索できますので、宜しければご活用下さい。
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