
漢方治療の目標
こんにちは、ムセキです。
普段は薬剤師として働いており、たまにX(旧Twitter)にて漢方の情報を発信しています。
「腑に落ちる漢方の話」の2回目として、今回は「漢方治療の目標」についての記事を書きました。ご参考いただければ幸いです。
それでは、どうぞ。
漢方治療のゴール地点
漢方医学(以下、漢方)には、治療目標が存在します。どんな漢方処方を使っても、その治療目標は変わりません。
漢方治療を行う上で、治療目標は言ってみれば「漢方治療のゴール地点」になります。治療目標は、常に一定です。
治療目標がぶれてしまうと、漢方治療そのものがぶれてしまいます。
治療目標は遠く果てしなく先ですが、そのゴールが何処にあるか把握することで、現在の状況を俯瞰的に把握することができます。
扶正袪邪(ふせいきょじゃ)
広く言われているのは、扶正袪邪です。いきなり難しい漢字が出てきましたが、意味は簡単です。
扶正は、正気(せいき)と呼ばれる身体にとって必要な気血を補うことです。
袪邪は、邪気や身体の中の毒であるストレス等の「邪気」、悪い血である「瘀血(おけつ)」、水の毒である「水毒(すいどく)」を除くことです。
簡単に言いますと、「毒を排出して、元気や栄養を補充する。」ということです。
扶正袪邪の問題点
漢方あるあるですが、漢方用語は、その言葉や解説に曖昧な部分があり、「何となく意味が分かったような気がしてしまう。」という問題点があります。
扶正袪邪も同様で、上記の説明で何となく分かった気がしてしまいます。
ですが、何となく分かっただけでは治療目標がぼやけてしまうので、注意が必要です。
そのため、もっと具体的に、先の先まで見通した治療目標というものが必要になります。これから、それらについて考えていきます。
端的に言うと、扶正袪邪の問題点は、「目標と方法が入れ替わっている」ことと、「突き詰めが甘い」ことの2点です。それぞれ説明していきます。
問題点1:目標と方法が入れ替わっている
「扶正袪邪」の意味は、簡単に言うと「毒を排出して、元気や栄養を補充する。」です。
ですが、よく見てみると、これって方法ですよね。
大事なのは、「何の為に、毒を排出して、何処に元気や栄養を補充するのか?」ということです。
その「何処に」「何のために」が抜け落ちている訳です。これだと、「治療のゴール地点」とするには不足しています。
問題点2:突き詰めが少し甘い
「扶正袪邪」という言葉は、突き詰めが少し甘い印象です。
「『毒を排出して、元気や栄養を補充する。』の何処が突き詰めが甘いの?」と思われるかもしれませんが、これでは「どのように」という方策がなく、具体的ではありません。
以上2点、どうすれば良いのでしょうか。
上記の扶正袪邪の問題点に関しては、どう解決していけば良いかは書籍には書かれていません。ですので、自分自身で考えて問題を解決していく必要があります。
漢方医学はそのような場面が非常に多く出てきますので、その場面場面で出てきた問題を自分で考えていくと、理論の理解が深まっていきます。
それでは、それぞれの問題点を解決していきます。
「目標と方法が入れ替わっている」という問題点に対する答え
漢方に限らず、目標と方法の入れ替わりについては、実生活でよく経験します。このような場合は、目標を再定義していけば問題が解決します。
扶正袪邪の場合は、「何の為に、毒を排出して、元気や栄養を補充するのか?」が問いになりますので、この問いの答えを考えれば良いということです。
単刀直入に言いますと、答えは「老化防止による寿命延長(漢方医学用語では補腎)」となります。
今風に言い換えると、「健康寿命の延長」ですね。元気でいられる時間を少しでも長くするというのが、漢方治療の目標となります。
そのために、扶正袪邪、つまり「毒を排出して、元気や栄養を補充する。」訳です。
「突き詰めが甘い」という問題点に対する答え
上記の「目標と方法の入れ替わり」も漢方あるあるですが、「突き詰めが甘い」というのも漢方あるあるです。
突き詰めが甘いということは、言い換えますと、対象がぼやけてしまっているということです。
そのため、「ぼやけたまま何となく分かった気になってしまう。」というリスクがあります。
この「突き詰めが甘い」という問題点に対するアプローチは、「補うもの、除くものの対象を明確化する」になります。
もう一つの問題点「目標と方法が入れ替わっている」の答えが「健康寿命の延長」ですので、その情報も加えて考えると、答えは「腎気を補う。」になります。
漢方医学において、「老化は腎気が無くなり起こる。」と表現され、治療法は腎を補う「補腎(ほじん)」となります。
古人は、老化で足腰が弱くなり骨が弱るのを見て、それらを腎というカテゴリーに分類して、その弱りを表現した訳です。
「袪邪」が消えている?
ここで「あれ?」と思った方は、カンが良いと思います。「袪邪」が消えています。
実は、「補腎」という治療は、条件が厳しい治療法でもあります。その治療条件を満たすために、若しくは平行して行うものとして、別の治療法を行う必要があり、邪気や毒を除く治療もそれに含まれます。
また、この「補腎の条件を満たす為に行う別の治療法」というのは、多数のプロセスに渡る、長い期間がかかる場合もあります。
場合によっては、補腎には至らず、その手前の治療で止まってしまう場合もあります。
ですが、最終目標として「補腎」というものが頭にあるかどうかで、治療内容が変わってきます。それくらい、治療目標の設定というのは重要なものと言えます。
漢方治療の目標は「補脾」ではないのか?
ここまで、「漢方治療の目標は補腎」という結論をお話ししました。
ですが、中には、胃腸の調子を整える「補脾」を治療目標と習われた方も居られると思います。そのため、少しだけ補足しておきます。
結論を言いますと、「補脾は補腎に至るまでの中継点」になります。「補脾」を治療目標とすると、補腎を行う処方の存在が矛盾してきます。補腎の必要が無ければ、補腎剤は不要になりますので。
また、脾は腎の気(エネルギー)を使用して動いているということもあり、「補脾を行うと腎が弱る」という欠点があります。結果的に、腎を考えないと、腎の弱りを呼び込み、健康寿命を縮めてしまう可能性もあります。
腎というのは身体の要(かなめ)になるので、そこをしっかりとさせて長持ちさせる、というのが求められる訳です。
つまり、補腎の効が一番期待できるのは六味丸になるので、その処方が使える状態まで持っていくことが、当面の目標になります。
余談:ソクラテスの言葉
少し余談ですが、ギリシアの哲学者ソクラテスは、「食べる為に生きるな、生きる為に食べよ。」と言ったそうです。
この場合、「生きる」というのは「人間として在る」ということだと思いますが、腎というのは脳もその範疇に含むので、漢方の枠に当てはめても、その格言は生きてきます。
漢方を学んでいると、こういうシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)がよく起こります。そういう場合は「気にしない」のではなく、注意深く考えてみると良いでしょう。
まとめ
今回の内容をまとめます。
扶正袪邪について
一般的に言われる扶正袪邪というのは、「毒を排出して、元気や栄養を補充する。」という意味ですが、それでは目標がぼやけていて不十分です。
補腎が漢方の治療目標
補腎が漢方の治療目標ですが、補腎を行うのは条件が厳しい治療です。そのため、そこに至るまでに、様々な治療をする必要があります。
補脾が治療目標ではない理由
脾(胃腸)は腎の気を使用して動いているので、腎が弱ると脾が動かなくなります。また、脾が丈夫でないと補腎が行えません。そのため、補脾ではなく補腎が治療目標となります。
シンクロニシティを大切にする
漢方を勉強すると、シンクロニシティがよく起こります。もし何かの気づきがあったら、それを大切にしましょう。
さいごに
今後も、緩やかに投稿していきたいと思います。よろしくどうぞ。
それでは、ムセキでした。